なぎら健壱の「遠ざかる町」

第35回 日比谷公園 ②

2025/02/18
なぎら健壱

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF7.1・1/320秒・‐0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月31日]

 

 

時代と共にあらゆるものが変化をしている。自分の中ではつい最近と思っていても、その変わりように、時の移ろいを感じさせられる。そうした中、経時と共に人の胸から消えてしまうモノも多いだろう。消えてしまっていても、当然人の心に残っていることも多い。しかしそれも時間とともに遠ざかっていく。

 

だがそうでないモノも存在する。そうでないと言うのもおかしいのだが、その逆と言ってもいいのかもしれないが、遠ざかっていないのに、忘れ去られているモノたちと言うことである。言い方を変えれば、普段から気にもされていないモノたちのことである。

 

前回は日比谷公園の中をぶらついて、ランダムに目に入る施設を紹介した。今回紹介するのはそうではない。前述のように、存在しているのにもかかわらず誰も気に留めない、あるいは端から無視されているとしか言いようのないモノたちである。それが日比谷公園の中に点在しているので、それを紹介しよう。

 

その前にまずは簡単に日比谷公園の生い立ちを説明しておく。日比谷公園一帯は江戸時代には入江で、やがて埋め立てられ幕末までは諸大名屋敷があり、明治になってからは陸軍練兵場であった。

 

当初は諸官庁の建設が予定されたが地盤が悪く大規模な建物には不向きで、公園案が持ち上がり、紆余曲折を経て1903年(明治36年)に開園した日本初の洋風公園である。

 

まず日比谷交差点側(有楽門)から園内に入って最初に目に着くのが、日比谷見付跡の愛内板であろう。

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・22mm(35mm判換算44mm)で撮影・絞りF2.8・1/1250秒・‐0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月31日]

 

見附というのは、おもに城の外郭に設けられた警備のための城門のことで、案内板に「石垣の一部が現在の日比谷公園の中に移築されました」とある。さらに「この石垣は、江戸城外郭城門の一つ、日比谷御門の一部です」とある。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF5.6・1/60秒・+0.7EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

そしてその先の案内板には「当時、石垣の西側は濠となっていましたが、公園造成時の面影を偲び、心字池としました」と書かれている。見付跡の裏側にはその「心字池」がある。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・18mm(35mm判換算36mm)で撮影・絞りF8.0・1/125秒・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月31日]

 

 

「心字池」は、江戸期には「江戸城」の「中濠」の一部であった。心字池の名称は、上空から見ると「心」の字に似ているとのことだが、本当かね? だって、当時どうやって俯瞰して池を見ることができたの?

 

さて、その心字池に沿って歩くと目に入るのが、『古代スカンジナビア碑銘譯』。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・17mm(35mm判換算34mm)で撮影・絞りF5.0・1/100秒・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月31日]

 

 

スカンジビナビアの人々が、1957年(昭和32年)2月24日ヨーロッパより北極経由で、日本への空路を開拓した。この碑は北極航路開設10周年を記念して寄贈されたものということである。目につくとは書いたが、足を止める人など見たことがない。

 

お隣にあるのが、さらに誰もが素通りするであろう『南極の石』。案内板には「この石は、南極昭和基地から4㎞の地点にある東オングル島の慎太郎山(標高40m)で、日本の南極観測隊が採取しました。南極観測船『ふじ』が持ち帰り、1966年(昭和41年)4月14日この公園に設置されました」とあるが、全くどこにも南極を感じられない。それどころか、ただの石である。しかも柵からはみ出しているじゃないの。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・17mm(35mm判換算34mm)で撮影・絞りF5.6・1/125秒・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

 

これ飾って面白い?

 

そして、南極の石の前方には、さらにさらに誰も気に留めない大きな丸い穴の開いた石がある。1925年(大正14年)に南太平洋ヤップ島(現ミクロネシア連邦)から寄贈された、長径1.35m・短径1mのほぼ円形の『石貨』つまり石のお金だという。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・16mm(35mm判換算32mm)で撮影・絞りF7.1・1/80秒・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

 

ヤップ島でお金として使われていた石貨で、1924年頃、1000円位で通用したと言われている。

 

そうそう、あたしが20代の頃だったが、知り合いの女性と二人で丁度このあたりにあったベンチに腰をかけていた。あれで8時頃か9時頃だったか、とにかくそんなに深い時間ではなかった。しばらく話をしていると、なにやら嫌な気配を感じた。さっと振り向くと、草むらに眼が光っている。「何しているんだ」と声をかけると、ガサガサと草むらから人が出て来た。それも一人ではなく、三人の男たちである。その中の一人が「なんだよこの野郎」とすごんだ。それに対して何も答えないでいると、そいつらは「なんで分かったんだろう」と誰に言うでもなしに暗闇に消えて行った。

 

覗きであった。上野公園は覗きの名所だと聞いていたが、よもや日比谷公園に覗きが出没するとは驚きであった。ところが1908年(明治41年)の7月11日付けの読売新聞にこうあった。「昨今夜の日比谷公園、堕落男女の野合場と化す。毎夜密行巡査十数人、醜行取締りに出動」とある。つまり明治の時代すでに、夜な夜なカップルがいやらしい行為にふけっていたってことですな。ということは、上野公園も、日比谷公園も同じことってことですよ。しかし「堕落男女」「野合場」「醜行」という言い回し、時代を感じますな。ここで名誉のために言っておきますが、あたしたちは醜行に及んでいたわけではありませんからね。

 

話を元へ戻そう。この場所から反対側、つまり第一花壇を挟んだ向こう側に足を向ける。

 

まずはこのブロンズが発見できるのだが、名前もなければ言われも何も書かれていない。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・19mm(35mm判換算38mm)で撮影・絞りF2.8・1/1000秒・‐0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

 

一体いかなる経緯でここに置かれているのだろか? 台座に小さく「自由」と彫られているが、これって誰も気づかないだろうよ。しかし考えてみると日比谷公園は偉人などの銅像が全くない。珍しいことである。

 

そしてその直ぐ側には狼が人間の子供に乳を与えている像がある。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・36mm(35mm判換算72mm)で撮影・絞りF2.8・1/80秒・‐0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月31日]

 

 

ローマ市にあるルーパロマーナ(ローマの雌狼)のレプリカで、ローマ帝国の建国伝説にちなんだものだという。戦前の1938年(昭和13年)にイタリアから東京市に寄贈されたものとある。その場所の裏手にあるテニスコートのさらに裏に小山があり、その場所に米国の独立宣言の象徴である「自由の鐘」のレプリカを見ることができる。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・34mm(35mm判換算68mm)で撮影・絞りF6.3・1/60秒・ISO400・RAW[撮影日 2025年1月31日]

 

 

1952年(昭和27年)に米国有志が寄贈したものだという。この鐘、毎日正午に鳴るということだが、あたしは残念ながら耳にしたことがない。

 

レストラン『松本楼』まで進み、建物を正面に見て左側には、埴輪が並んでいる。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・24mm(35mm判換算48mm)で撮影・絞りF2.8・1/160秒・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月31日]

 

 

東京オリンピックの翌年(1965年)に宮崎県が寄贈したもので、聖火リレーの起点となった同県の平和台公園と日比谷公園が姉妹公園になった記念なのだそうだ。

 

そして『松本楼』裏手辺りに小さな橋があるが、

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・13mm(35mm判換算26mm)で撮影・絞りF5.6・1/60秒・+0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

 

この石橋は、芝増上寺霊廟の旧御成門前桜川にかけてあった石橋の一つで、道路構築の時移築されたという。その先にあるのが、昔の馬の水飲み場である。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・16mm(35mm判換算32mm)で撮影・絞りF2.8・1/100秒・+0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

 

この水飲み場は、かつて日本カメラ誌に連載をしていた『町の残像』で紹介をしたことがあった。開設当時1903年(明治36年)に設置されたとあり、いかに馬などを使っての陸運が盛んであったのかという証拠である。だけどこの馬の水飲み場、なんとなく好きなんだよな~。122年間、よくぞご無事で!

 

その側にある雲形池(鶴の噴水)を左に見て――、

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・40mm(35mm判換算80mm)で撮影・絞りF2.8・1/640秒・‐0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

 

この鶴の噴水は明治時代に作られたもので、公園の装飾噴水では日本で3番目に古い噴水ということである。

――そこを歩いて行くとこれが目に入る。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・17mm(35mm判換算34mm)で撮影・絞りF2.8・1/640秒・‐0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

 

元々京橋川(戦後、川は埋立てられた)の京橋の欄干柱で、1922年(大正11年)の架け替えの際、ここに移築された。

 

しかしなぜ、増上寺の石橋や京橋の欄干柱が日比谷公園に移築されたのだろうか?

 

さて、この文章読んでいる人の中には、公園内を散策してみようと思っている人もいるのではなかろうか? そうした酔狂な、おっと失礼、そうした奇特な人のため宿題を出しておきましょう。実は公園内に馬の水飲み場がもう一か所あるので、それを見つけて下さい。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・14mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF2.8・1/320秒・ISO200・RAW[撮影日 2025年1月31日]

 

 

そして人様の水飲み場(多分)の跡も残っているので、そちらも併せて発見しては如何でしょうか。

 

 

OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・21mm(35mm判換算42mm)で撮影・絞りF5.6・1/60秒・ISO400・RAW[撮影日 2025年1月15日]

 

 

園内に設置(?)されているのだから、これからもなくなることはなかろうが、今後ますます世間の関心が薄れていくような気がしてならない。だって置き場所がないからとりあえずここに設置したというモノばかりですよ? これを寄贈した人や、設置した人の気持ちはいかなるもんであろうか? 町に端から遠ざかっているものがあるのだ! ということ、お分かりですかな?

 

 

◉今回の日比谷公園へのお供は…… 

OM Digital Solutions OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II

撮影日は、2025年1月15日・1月31日。

 

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

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