top コラムなぎら健壱の「遠ざかる町」第12回 「綱島・町が変わる時」

なぎら健壱の「遠ざかる町」

第12回 「綱島・町が変わる時」

2023/02/20
なぎら健壱

最寄りの駅近くに所用があったのだが、早々に片付きどうしょうかと思案していた。まだ昼過ぎである。家に帰ったところで別にやることもない。どこかへ行くかと、駅の路線図に眼をやるのだが、さして出かけたいと思うところもない。しばし路線図と睨めっこをしていたのだが、ふと綱島に行ってみようと思い立ったのである。そこで東横線に乗って、横浜市港北区に位置する綱島に向かった。
 

なぜ綱島だったかというと、そんなに深い意味もないのだが、かつてこの辺りが東京の奥座敷と呼ばれ、関東の一大温泉地であったというのを覚えていた。都心からさほど離れていないここが(渋谷までは20分ちょっと)戦前、戦後とかなり繁栄を誇った温泉街であり、全盛期には七、八十軒の温泉宿があったという。
 

中日新聞・東京新聞に連載していたコラム、『町の忘れもの』がちくま新書から上梓されたのが2012年のことである。それから11年経つのだが、綱島には足を向けていない。どんなになっているのか、ちょいと気にかかったのである。
 

まずは『綱島ラジウム温泉・東京園』があった場所に……(①)。

 

①OLYMPUS OM-D E-M1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO・15mm(35mm判換算30mmで撮影)・絞りF5.6・1/1000秒・ISO200(2013:10:31)

 

「ありゃりゃ、消えている」しかもその場所は現在大規模な工事中である(②)。

 

②Panasonic LUMIX S5・SIGMA 16-28mm F2.8 DG DN・28mmで撮影・絞りF5.6・1/640秒・ISO100
(2023:02:15)

 

往年の温泉街ではなくなった時、綱島唯一の温泉だったのに……。工事が入る前までは存在したのか? それとももっと前に――それも分らない。
 

右に回り込んだあたりに、昔を偲ばせる温泉宿が残っていた。とは言ってもかなり前に閉じられていたとは思われるのだが(③)。

 

③SONY NEX-5・E 18-55mm F3.5-5.6 OSS・18mmで撮影・絞りF4.0・1/320秒・ISO200
(2010:12:05)

 

で、④の写真は、営業中はかなりモダンだったと思われる壁のタイル画であり、新聞掲載時に載せた写真である。近代建築において、このような趣向を凝らすことはまずないだろう。

 

④SONY NEX-5・E 18-55mm F3.5-5.6 OSS・28mmで撮影・絞りF4.0・1/60秒・−0.3EV補正・ISO200
(2010:12:05 15:22:38)

 

⑤は多分このあたりに温泉宿があっただろうという、今の眺めである。

 

⑤Panasonic LUMIX S5・SIGMA 16-28mm F2.8 DG DN・16mmで撮影・絞りF6.3・1/500秒・ISO100
(2023:02:15)
 

とにかくまるで当時の景観を残してはいない。裏手に回れば時代を感じさせてくれる塀が続いていたのだが(⑥)、今となっては道路も消えて、定点すら分らない(⑦)。

 

⑥OLYMPUS OM-D E-M1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO・15mm(35mm判換算30mm)で撮影・絞りF5.6・1/125秒・−0.3EV補正・ISO200(2013:10:31)

 


⑦Panasonic LUMIX S5・SIGMA 16-28mm F2.8 DG DN・16mmで撮影・絞りF7.1・1/200秒・ISO100
(2023:02:15)

 

右端に新綱島駅の入り口が見える。開通すれば、さらに町は変わるであろう。
 

そうだ、源泉が湧き出ていたという場所があったはずだ。急に思い出してそこまで足を進めてみた。駐車場の白い金網で囲われた中に見えるのがそれである(⑧)。

 

⑧SONY NEX-5・E 18-55mm F3.5-5.6 OSS・29mmで撮影・絞りF5.6・1/80秒・+0.3EV補正・ISO200(2010:12:05)

 

ところが目星をつけて足を止めた場所に駐車場はなく、立派なマンションが建っている。しばらくそのあたりを往き来したのだが、それらしき駐車場は見当たらない。大体このあたりだったろうと当りをつけて撮った写真と、当時撮った駐車場の写真を比べてみた。右端にちょっと写り込んでいる道路の「止まれ」の位置からすると、やはりこの場所だったのだろう(⑨)。

 

⑨Panasonic LUMIX S5・SIGMA 16-28mm F2.8 DG DN・28mmで撮影・絞りF6.3・1/320秒・ISO100(2023:02:15)

 

 そういえばここからほど離れていないところに、様子のいいお医者さんの建物があった。折角だ、行ってみよう――行ってみた。それが⑩と⑪(現在)の写真である。隔世の念に駆られるとはこのことであろう。

 

⑩OLYMPUS OM-D E-M1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO・15mm(35mm判換算30mm)で撮影・絞りF5.6・1/160秒・−0.3EV補正・ISO200(2013:10:31)

 

⑪Panasonic LUMIX S5・SIGMA 16-28mm F2.8 DG DN・16mmで撮影・絞りF5.6・1/160秒・ISO100
(2023:02:15)

 

おちおちしていたら、町はどんどん遠ざかっていく。自分たちの眼だけで、あるいは心だけでその時間を切り取っておこうとしても、町はそれより早く変貌を遂げようとしているのだ。いや、変貌を遂げている。

 

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

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