Photo & Culture, Tokyo
コラム

なぎら健壱の「遠ざかる町」

第42回 消える酒場

2025/09/20
なぎら健壱

森下(江東区)にあった『山利㐂(やまりき)』。とは言っても、今でもある。ただ2回の改装をやって、昔の面影は全くない。昔は労働者諸君のたまり場で、女性客や家族連れは眼にしなかった。しかし今はキレイな店になり、女性客も家族連れもやって来る。写真は懐かしい頃の『山利㐂』!

Nikon D100・28mm(35mm判換算42mm)で撮影・絞りF2.8・1/6秒・ISO200・RAW[撮影日 2005年11月15日]

 

 

 

飲み屋の呼称に対して様々な言い方があるが、飲み屋よりは居酒屋の方が好きかな? いや、赤ちょうちんや縄のれんの方がいいな。待てよ、やっぱり酒場がいいかな。

 

どうでもいいことなんだけど、酒場と言うと、なんとなく古(いにしえ)のさびれた飲み屋を連想するのである。とにかく、そうしたさびれた飲み屋が好きなのである。「コ」の字、あるいは「L」字形のカウンターだけの店――こうした店は飾らない普段着の店ですもんね。普段着の店って響き、いいですよ。

 

しかし、そんな飲み屋も年々少なくなってきている。老朽化に伴って改装などすれば、なるべく今に近付こうとする――昔の店舗は踏破され、現代に沿った店となる。これは何も飲み屋に限ったことではなく、鉄筋のビルも仕舞屋(しもたや)も壊してしまって建て替えをするならば、決して以前と同じものは建たない。いや、同じものは建てない。

 

そうした時、誰とはなく「以前の店の佇まいの方が、様子がよかったよ。勿体ないことをするよな~」そんなことを口にする。たとえ口にしなくとも、そんな思いを抱く人がかなりいるのではなかろうか。まあそれが世間一般の考え方であろう。というか、我々傍観者の我がままに過ぎない。持ち主は折角新しくするのならば現代(いま)に寄り添いたいに違いないし、以前とは違うものにしたいだろう。古い建物の中にいる自分はもう沢山である、そんなことを思っているのかもしれない。さりとて、それが道理というものであろう。隣の家がエアコンを取り付けたのなら、我が家もエアコンが欲しい、それによって見た目も生活も変わる。「なんてことをするんだい」は傍観者の眼。「ウチだってエアコンが欲しいんだよ」は、そこに住んでいる人の素直な声。お隣さんが家をキレイにすれば、我が家もそうしたい。

 

まあ、とにかく一度壊されたものは、二度とは同じ形にはならないのである。今回は、今は消えてしまった酒場を紹介しよう。

 

①は既出かもしれないが、飲み屋そのものではなく飲み屋街である。

 

 

RICOH GR DIGITAL・5.9mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF2.4・1/20秒・ISO100・RAW[撮影日 2005年7月16日]

 

 

池袋にあった飲み屋街『人生横丁』である。人生横丁とはなんとも天晴れな命名であろうか。そういえば昔、西川口の駅の側に『涙道場』なる居酒屋があった。オートレース帰りのお客のたまり場であったが、ギャンブルに付きものの悔し涙を抱いた人で賑わっていた。これまた涙道場とは、実に見事なネーミングであった。待てよ、『哲学酒場』とか『終年酒場』なんてのもいいな……誰か命名してくれないかな。

 

で、お次は田端新町(荒川区)にあった『神谷酒場』である(②)。

 

 

Nikon D3・24mmで撮影・絞りF5.6・1/30秒・-1/3EV補正・ISO400・RAW[撮影日 2008年7月29日]

 

 

最高の雰囲気を醸し出している飲み屋であった(③)。

 

Nikon D3・24mmで撮影・絞りF5.6・1/8秒・-1/3EV補正・ISO400・RAW[撮影日 2008年7月29日]

 

 

浅草の『神谷バー』とどんな関係にあるのか聞きそびれたが、ここも浅草の『神谷バー』の名物、電気ブランを売り物にしていた。しかしご覧下さい。この冷蔵庫、電気冷蔵庫ではありませんよ(④)。

 

 

Nikon D3・48mmで撮影・絞りF5.6・1/10秒・-1/3EV補正・ISO560・RAW[撮影日 2008年7月29日]

 

 

氷で冷やす冷蔵庫。あたしの子供の頃は、冷蔵庫と言えばこの冷蔵庫を指した。これがどんなもんか今の若い者は知らないんでしょうな。「説明しろ」ですって? 面倒くさい、自分で調べてやってください。

 

店に張り紙があり、閉めるくだりが書かれていたが、間引いて紹介しよう。

 

【初代の神谷酒場店主から、かれこれ七十五年間、この田端新町において居酒屋を生業に慢心して参りましたが、建物の建て替えと同時に店じまいをすることにいたしました。これまでの皆様からのご愛顧と励ましに感謝いたしながら、これからの余生を送ります。神谷酒場店主】。最後の「感謝いたしながら、これからの余生を送ります」という文句になんだかジ~ンときましたよ。平成20年に閉めたから、もうなくなって17年か~。平成20年の75年前というと、1933年だから昭和8年かい……どうにも凄いね。店のおじちゃんとおばちゃんは元気だろうか。

 

お次はお花茶屋(葛飾区)にあった『東邦酒場』(⑤)。

 

 

Panasonic LUMIX GX7 MarkⅢ・21mm(35mm判換算42mm)で撮影・絞りF2.8・1/80秒+1/3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2018年8月10日]

 

 

こちらは閉めて、今は立石(葛飾区)で新たに店をオープンしたと聞いたが、行かなくちゃっと思っている内にかなりたってしまった。この店も庶民的な店でした(⑥)。

 

 

Panasonic LUMIX GX7 MarkⅢ・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF2.8・1/60秒・ISO2000・RAW[撮影日 2018年8月10日]

 

 

お次は日本橋久松町(中央区)にあった『酒喰洲(しゅくず)』という酒場(⑦⑧)。

 

 

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8・17mm(35mm判換算34mm)で撮影・絞りF1.8・1/80秒・ISO3200・RAW[撮影日 2016年6月7日]

 

 

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF5.0・1/40秒・ISO3200・RAW[撮影日 2016年6月7日]

 

 

前回書いた久松町の飲み屋街の表側である。この辺りはすでに取り壊され、跡地には大きなビルが建っている。人形町に移転して7年間商売をしていたが、ここも出なくてはいけない事情があり、今は甘酒横丁の近所で商売をしている。新鮮な魚を売り物にしており、あたしは今でも足繁く通っている。PCT(ピクト)のみなさん、近いから顔を出してあげて下さい。

 

中央町(目黒区)にあった『美築(みずき)』(⑨)。

 

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF2.8・1/25秒・-1/3EV補正・ISO1600・RAW[撮影日 2018年6月23日]

 

 

この店はあたしの高校の友人の奥さんがやっていた店で、カウンターだけの小さな店(⑩)。

 

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF2.8・1/30秒・-1/3EV補正・ISO1600・RAW[撮影日 2018年6月23日]

 

 

去年の3月に閉めてしまったが、11月に横須賀の長井で新たにオープンした。行かなきゃいけないと思っているのだが、横須賀はちょいと遠いよな~。覚悟して行ってもいいのだが、飲んで帰るのが辛いよな~。しかしこの店地下だから、今年の夏の豪雨に遭っていたら、浸水していたかもね。

 

最後は方南町(杉並区)にあった『美多川』。昨年の1月に閉めてしまった。⑪は最後の営業の日、お別れ会の写真である。

 

 

OM Digital Solutions OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF 5.6・1/60秒・-2/3EV補正・ISO16000・RAW[撮影日 2024年1月19日]

 

 

店内にはこんな貼り紙があった(⑫)。

 

 

OM Digital Solutions OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF5.0・1/60秒・ISO2000・RAW[撮影日 2024年1月19日]

 

 

【お知らせ 体力の限界により「美多川」は一月二十日(土)閉店致します。四十一年間のご愛顧まことにありがとうございました。店主敬白 お客様各位】。

 

そんなこんなでいい様子の酒場が消えてしまう。今回紹介した店は、形を変えて違った場所で営業をしている店が多いが、当然それが出来ない店もある。店主が歳を食ってやむなく店を畳まなければならない。後継者もなく、涙を呑んで……。

 

酒場には酒場の笑顔がある。その笑顔だけが、いつまでも残っている。

 

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

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