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柊サナカのカメラ沼

第35話 日本カメラ博物館「特別展 Camera・Made in TOKYO」にみる、カメラ小説の書き方

2024/08/06
柊サナカ

日本カメラ博物館「特別展 Camera・Made in TOKYO」図録。マニアも納得の充実の内容。

 

日本カメラ博物館では、2024年7月9日から「特別展 Camera・Made in TOKYO」が開催されています。展示の内容は、こちらの鈴木誠氏の記事をぜひ見ていただきたい(→https://photoandculture-tokyo.com/contents.php?i=4069)。マニアも喜ぶ珍しいカメラがあったりするのと、自分のゆかりのある区には、どんなカメラが作られていたか見ていくのも楽しいです。
 

「特別展 Camera・Made in TOKYO」会場の様子を一部。


わたしは「谷中レトロカメラ店の謎日和」というカメラミステリーのシリーズものを書いておりまして、日本カメラ博物館に監修していただき、執筆の際には大変お世話になりました。「谷中レトロカメラ店の謎日和」シリーズは完結しましたが、カメラの小説を書こうという欲は衰えておらず、隙あらばカメラの小説を書いています。
 

実は谷中レトロカメラは外伝的な掌編も出しております。「10分間ミステリー THE BEST」内の「靴磨きジャンの四角い永遠」、「3分で読める! 眠れない夜に読む心ほぐれる物語」内の「螺旋図書館の白銀姫」がそうです。


他にも、ふげん社発行の雑誌『写真』Sha shin Magazine vol.5(フェイス/FACES)でも、「移動写真館」という写真の掌編を書きました。

 

そして新作の宝島社恒例、「三分で読める! 人を殺してしまった話」アンソロジーシリーズも九月に出ます。人を殺してしまった。という書き出しから始まる短編集です。それもカメラ歴史ネタなのでお楽しみに。
 

あと、写真に関する長編の準備もありますので少々お待ちください。
 
さて、このコラムに「カメラ小説の書き方」などという題をつけましたが、わたしがどうやってカメラ小説を考えているか、「特別展 Camera・Made in TOKYO」の写真を元にお話ししていきましょう。
 
まず、想定する読者を決めます。わたしは、カメラのことを知らない人でも、読んで面白い本にしたい(そして読んだ後にはカメラが欲しくなるような本にしよう)と思いました。なので、カメラのことをまったく知らない登場人物を物語の語り手(視点人物・来夏)にしました。
 

カメラ漫画の金字塔「カメラバカにつける薬」飯田ともき著・(インプレス)は、カメラに詳しければ詳しいほど面白くなりますが、それはカメラについての知識レベルを中・上級にぴったり合わせているからだと思います。カメラに限らず、何か専門分野に絡んだ小説を書くとき、この視点人物の知識レベルを最初に定めないと、誰向けの話なのかわからない話になってぼやけてしまうので注意が必要です。
 

次に、カメラを知らない人が見て、ちょっとびっくりするような変わった形、または機能のカメラを探します。一般人が100人見て、そのうちのマニア6人くらいだけ、それが何かわかる、というくらいのものが題材としていいです。

 

形が特徴的なドリュー。これを見てカメラだとわかるのはカメラ好きだけ。

 

この、ドリューなんてもってこいですよね。最初のつかみに持ってきて、「こんなカメラがあるのか!」と驚いてもらいたい。(というわけで谷中レトロカメラ店の謎日和、第一話はドリューです)
 

カメラマニアはとにかく間違いに厳しいことで有名です。叱られるのが怖さに、カメラについては調べられるだけ調べました。せっかく調べたそのうんちくは全部書きたいところです。でもそれを全部書いてしまうと、カメラ好きは喜びますが、カメラ知らない人は(ええ……なんだかよくわからないな……)と本を閉じてしまうので、10調べたうちの1書くくらいでちょうどいいです。ドリューも専用のマグネシウム閃光弾を使う話など、別バージョンのアイデアもいろいろありましたが、泣く泣く没にしました。
 

カメラライト。同じタイプのエコー8は「ローマの休日」で使われたことでも有名です。実際にどのように使われていたのでしょう。イメージが膨らみますね。

 

この写真のカメラライトは、エコー8を作ったのと同じ鈴木光学のカメラです。形も機能も面白いので物語の中にも出しましたが、実際に撮れるのか(そして現像できるのか)というところではなかなか使いどころが難しく、メインのトリックには使わず、いろいろ膨らませてスパイカメラ全般を扱う話にしました。現代でスパイカメラを使う人はどんな人だろう? と連想ゲームのように膨らませて話を作りました。
 

形がとても美しいヤル―。わたしも秘かに欲しいと思っていますが、まあ見かけませんよね……。

 

ヤルーも形が印象的なカメラですよね。なかなかお目にかかることはできないレアなカメラです。まだカメラ小説を書き慣れていないときには、「お探しのカメラはこれでしょうか」と主人公の今宮が店から出してきたカメラが、日本に数台くらいしかない珍しいカメラなのを学芸員さんに教えてもらったりして、(どんなカメラ店だ)ということになって急遽変更したりしました。
 
このヤルーは美しいので物語の中にどうしても出したかったのですが、実際の市場でどのくらい出回っているのか、価格がどのくらいかということも調べました。市場になかなか出てこないことを逆手にとろうと思いました。それまでカメラにそれほど興味がなかったヒロインが、ヤルーが可愛いので興味を持ち、カメラに自分から興味を持つなんて初めてなので、主人公はどうしても叶えたいけれども、よりにもよってそれがヤルーか……。というニヤニヤを楽しんでいただけたらと思います。
 
カメラ小説の書き方、まとめとして、

・まず想定する読者をはっきりと決めて、その読者と同じ知識量の人間を語り手に決める。
・マニア目線の登場人物も決める。二段階の知識をストーリーに絡ませることで、初心者だけでなくマニアも同時に楽しめるように心がける。
・資料本を読み、面白そうなカメラをピックアップしていく。
・その後、機能を調べつつ、考えられる話は、どんな荒唐無稽な筋でも全部メモしておく(鳩につけるカメラの話も考えていました……)
・トリックを考える。トリックには、その筋のマニアだけがわかって、一般人がよく知らないものを絡ませる。マニアも知らないものは使わない。
・調べたもの、考えた話の9割は捨てる。
・話がほぼできた状態で、専門家に助言を仰ぐ。(最初ではなく必ず終わりの方で。ある程度の話ができていないと専門家にポイントを絞って聞けないため。専門家の時間は貴重です)
・専門家の助言をもとに訂正。
・第1稿完成!
 

となります。ここから編集者とのやりとりや校正が入るので、まだ本当の完成と言うわけではなく、体感では山の5合目まで登った感じです。この話は没で、とか、この話はここが矛盾してませんか、等々、各キャラクターの言動についても指摘が入ります。大部分を書き直すこともよくあります。
 

ちなみに、仕上げに読んでもらうのは専門家と、専門分野をまったく知らない人に読んでもらうといいです。多くの読者は専門分野を知らない人なので、その人がわからなければ他の人にもわかりません。ここがよくわからない等の指摘をもらえます。

 

このやり方でカメラに限らず、他の専門分野の話も書けます。
 

残念ながら、今、出版社のほうでは紙書籍の在庫が切れていまして、「谷中レトロカメラ店の謎日和」シリーズは重版待ちとなっております。代わりに電子書籍で販売されており、スマホで読書もしていただけます。発売から数年経ちますが、日本と中国でコンスタントに売れ続けていますので、よかったらお手にとって見てください。一巻から三巻まで、作者がどうカメラにのめりこんで行ったかも、見えてくる仕様でもありますのでお楽しみに。

 

ハリネズミカメラとは違いますが、似たTokyoマイクロ110。物語の中では猫の首についている謎のカメラでした。

 

ゼンザブロニカも、亡くなった方が持っていた、象徴的なカメラとして出しました。

 

パノラマカメラが撮れるパノックス。宝探しの話で、作中ではパノンが活躍しました。

 

作中、今宮が心から大切にしているカメラとして、ハンザ・キヤノンを出しました。この写真はキヤノン 新標準型(S型)です。

 

カメラだけでなく、現像用品の展示もあります。

 

物語の中で出したものには、幻灯機もありますが、こちらはスライドです。箱のデザインにもご注目。

 

  • 日本カメラ博物館
  • 開館時間:10:00~17:00
    休館日:毎週月曜日 (月曜日が祝日の場合は翌日の火曜日)および年末年始など当館が定める休館日
    入館料:一般 300 円、中学生以下 無料、団体割引(10名以上)、一般 200 円
    所在地:〒102-0082 東京都千代田区一番町25番地 JCII 一番町ビル(地下1階)
    電話:03-3263-7110
  • https://www.jcii-cameramuseum.jp

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