top コラム柊サナカのカメラ沼第4話 ギャラリーについて

柊サナカのカメラ沼

第4話 ギャラリーについて

2022/02/08
柊サナカ

わたしのインプット帳。トラベラーズノート。

 

 

ギャラリーは恐ろしいところ――
と、思っていた頃がありました。わたしだけではなく、他の方も、もしかしたら経験があるかもしれません。「○○の絵を見ていきませんか」と、あれよあれよという間に、にこやかな店員に会場の奥へと引っ張り込まれ、イルカと月とかの絵をさんざん見たあとに「どうぞどうぞおかけください、こちらへ」となど言われ、商談が始まるアレ。

 

当時は貧乏学生のうえに、事務的な話になると、右から左へと全部話が抜けていく癖があって、この作品は10枚限定なので投資になるとか後々お得だとか、ローンも組めるし金利がどう、などと儲かるお得な話にも終始ぼんやりしながら、あのクジラかわいいなあ……イルカもすごいジャンプだなあ、月まで跳んでるし……などと思ったりしていました。

 

その時は、あまりにわたしの受け答えが上の空なので、(こいつダメだな……)と店側に思われたのかどうか、すぐに解放されて事なきを得ました。今は下火になったとはいえ、ああいった商法のせいで、ギャラリー自体、入ることが苦手な人が増えたのではないかと思っています。悪徳絵画商法、許すまじ。

 

今は、美術館も好きですが、ギャラリーに行くのも大好きです。特に、写真ギャラリーでの写真の展示にはよく出かけていきます。見たいものをチェックしてカレンダーに書き込んだり、届いたDMを飾ったりして、開始を待つ時間も楽しいものです。
兵庫の田舎から出てきて、東京は電車もやたら長いし、駅もお祭りの夜みたいにいつも人で混んでいるし、なんだか苦手だなと思っていましたが、ギャラリーや美術館の数が多くて、月に何カ所も行きたい展示が見つかるというのは、東京の良いところだと思います。

 

美術館とギャラリー、実は通うまであまり区別がついていませんでした。作品を鑑賞するのは美術館とギャラリーも同じ、ギャラリーでは作品を買うことができる、というのが一番の大きく違う点ではないでしょうか。

 

そのほか、
・美術館では入場料を払いますが、ギャラリーでは入場料がいらないところと、いるところがある。(入場料無料の所が圧倒的に多い)
・美術館では会期が二ヶ月くらいと長いことが多いが、ギャラリーでは一週間から一月くらいと、会期が比較的短いところが多い。
・美術館では作家が在館しているのは特別なイベントの時のみ、ギャラリーでは作家が在廊していることも多い。(写真ギャラリーでは、写真家の方は在廊していることが多く、現代美術系のときは作家の方がいないことが多いようです)
施設によって例外は多々あると思いますが、このようにざっくりとした差があります。

 

わたしは冒頭の悪徳絵画の件もありましたから、ギャラリー通いを始めるまで「もしやお高い何かを売りつけられるのでは?」もしくは「何か作品を買わなければギャラリーから出られないのでは?」と、終始ビクビクしておりました。
そんなことはまったくありません。ご安心ください。本当に面白いです、ギャラリー巡り。

 

大体の流れでは、ふらりとギャラリーに行って、写真家・作家の方がおられたら挨拶して鑑賞し、自分の中で何かまとまるまで、何周かしながらじっくり鑑賞、欲しいものがあれば、財布と相談して買って帰る、というような感じです。(買わないで帰ることも、もちろんあります)
その後カフェで休憩しながら、鑑賞の余韻に浸りつつポストカードを見たり、購入した写真集を見たり、感想をまとめたり。家では自分の帳面にポストカードをマスキングテープで留めて、余白に感想や、作品の好きだったところを書き込んだりしています。そうすると、あとから見返しても楽しいです。普通のノートにいろいろ貼ると、最後あたりではパンパンに膨らんでしまって、閉まらなくなるのですが、わたしはトラベラーズノートというノートを使っています。このトラベラーズノートの素晴らしい点は、どれだけDMなどを貼り付けても、きちんと綴じられる余裕があることです。

 

オリジナルプリントが欲しいなと思うことは、ギャラリーに行くたびに思います。でも、自宅の壁面も物理的に限られており、相場も大体二万円~七、八万円から上は天井無しと、気に入った作品を全部買っていたらあっさり破産するので、本当に一生付き合ってもいいくらい、惚れ込める作品に出会うつもりで行っています。
知人の中では、好きな作品を買うのはもちろん、若手写真家を応援するために、積極的に作品を購入、自宅の壁をギャラリーにしている方もいて、そういったお金の使い方も素敵だなと心から思います。

 

柊はそんなに美術館やギャラリーに通っていて、さぞかし芸術というものがわかっているのだろうなと思われるかも知れません。顔では(なるほどね。そうなのか……)というキリッとした表情で、美術館の展示を見てまわり、近づいたり遠ざかったり、ベンチに腰掛けて、指を顎のところにやって、遠目で眺めたり、頷いたりしながらも(いやー、まったくもって一から十まで全部わからないですな)ということもあります。
美術館では(すげえ色やな、全部ギラギラやな)と思いつつ、無言で帰ってくることができますが、ギャラリーで問題になってくるのが、作品を撮った写真家の方が在廊していることが多いこと。
コミュニケーション能力に難のあるわたくし、作品を前にして写真家・作家の方と何を話したら良いのか、マゴマゴするという問題があります。
わたしだって「シニフィエなきシニフィアンでどうこう」とか「セミオロジー的なあれこれが~」などと、さらっとかっこよく、何か賢い感じの感想を言いたいなと思っているのです。「ワアこの犬の足! 可愛いです」とか「すごくふわふわですね。好きです」とかではなく。
でも、無理して賢ぶることもないなと思い、作品を前に、心から出てきた言葉を正直に言うことにしています。「ふわふわですね~」

 

写真家・作家の方に会うと、この写真を撮ったときの裏話みたいなものや、苦労した点などを教えてもらったりするのも楽しいです。「この写真を撮ったときには、羊飼いがちょっと合図をして、そうしたらここにいる羊が全部ぴたっと止まったんですよ」などと教えてもらったりして、そうしてまた作品を見ると実に味わい深く。

 

一度、ニコンサロンにて、ネズミをテーマにした、原啓義写真展「まちのねにすむ」に、ふらりと入ってみたことがありました。ちなみにわたし、昔住んでいた社宅が築50年でネズミが出たことがあるため、ネズミは大嫌いです。
入り口で写真家の原啓義さんに呼び止められ、「順路こっちです」と言われました。その時は、(ネズミだし、どっちから観ても同じなのでは?)と内心思いましたが、順路通りにネズミを観ていきます。
半分くらい順路通りに観ていると、ネズミの愛らしさにだんだん心が動いてきます。じっくり見たことはありませんでしたが、何とつぶらな目でしょう……鼻も可愛い。そうこうしているうちに、駆除される対象としてのネズミの写真が何点か続き、ネズミが大嫌いなはずなのに、(なんということを! ひどい! ネズミはただ平和に暮らしたいだけなのに!)と憤ったりして、すっかりネズミに感情移入していました。

 

正しい順路でなければ、こういった心の動きはなかったでしょう。そのあと、いろいろと原啓義さんに撮影の意図やネズミの話も伺えたりして、とても良い時間となりました。「まちのねにすむ」今でもよい思い出です。

https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2021/20210622_ns.html

 

こんな体験ができるのは写真展ならでは、ギャラリーならではじゃないかなと思っています。
「まちのねにすむ」以来、ネズミはちょっと好きです。家の中に出るのはいまだに絶対に嫌ですが。

新しい作品に出会いに、またギャラリーに出かけてみようと思います。

 

中身です。「まちのねにすむ」原啓義氏の写真展、今でもとても思い出深いです。

 

写真展のお知らせをいろいろともらうのも楽しいものです。2021年の展示納めは、「五百羅漢修復 祈りの継承」千代田路子氏。一年のギャラリー巡りの締めくくりとなる、熱量あふれる大作でした。

関連記事

PCT Members

PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。

特典1「Photo & Culture, Tokyo」最新の更新情報や、ニュースなどをお届けメールマガジンのお届け
特典2書籍、写真グッズなど会員限定の読者プレゼントを実施会員限定プレゼント
今後もさらに充実したサービスを拡充予定! PCT Membersに登録する