top コラム柊サナカのカメラ沼第15話 秘密のカメラ店

柊サナカのカメラ沼

第15話 秘密のカメラ店

2022/12/13
柊サナカ

※今回書く話は、とあるカメラ店に関する思い出なのですが、今はもう存在しないとはいえ、場所等には細かくフェイクを入れてあることをご了承ください。ここですか、という問い合わせにも申し訳ありませんが、お答えすることはできません、すみません。

 

今日は、今まで、SNSを含めて、一度も書かなかったカメラ店の話をしたいと思います。わたしは、カメラの集まりに、たまに顔を出しており、そこで知り合いもたくさん増えました。みなさん、カメラの業界のベテランです。そこに顔を出して三年くらい経ったころでしょうか、あるカメラ店に行くから、一緒に行かないか、と誘われました。
そのカメラ店は、C県のマンションの一室にあるといいます。

 

当時わたしは、企画でカメラ店を巡ることもあり、カメラ店の名前はまあまあ知っていましたが、それでも聞いたことのないカメラ店の名前に、(そんなカメラ店もあるんだ、知らなかったな……)と思いました。
たぶん三年間の間に、柊は口が堅そうだ、不用意にSNSに場所を書いたりしない人間だ、とわかってもらえたのでしょう。
数名で集まって出向きましたが、外観はどう見ても普通のマンションであり、看板らしき看板もありません。全員でエレベーターに乗って六階まで。それでも、どうみても普通のマンションとしか思えません。
ある一室へと向かいましたが、ドアにも看板らしきものはありませんでした。常連の方が、ドアを開けて入っていきます。やはり、中は普通に玄関があり、普通のマンションの一室のようでした。
しかし玄関からして、積まれた本の量に圧倒されます。どれもカメラ系の古書や雑誌のようです。通路の両側にいろいろなものが積まれているので、先頭の人に続いて、わたしも最後尾に並び、進んでいきます。人ひとりが通る道しかないものですから、ドラゴンクエスト等のロールプレイングゲームがありますよね、そんな主人公のパーティっぽく、列を作って進んでいくのです。

 

部屋に入ると、視界一面すべてがカメラ。戸棚の中はもちろん、いろんな棚にもカメラやアクセサリーがぎっしり並べられ、床にも所狭しと置かれています。地震が来たらカメラの雪崩が起きそうな部屋の中、ところどころが獣道のようになっており、その道に各自散って、文字通り、掘り出し物を掘り出すのです。
そのカメラ部屋の王が、カメラ店店主のQさんです。奥の椅子に座って、「やあ来たね」という感じでにこにこしています。
値札はないので、よさそうなものがあったら、「すみません、これはおいくらでしょうか……」と聞いて、値段を教えてもらいます。

 

みなさん、誰も雑談もせず、もう無口になって掘り出し物に夢中です。分け入っても分け入ってもカメラ。何かをどかすと何かが出てくる、ひょいと置かれているのが、博物館に置いてあるような乾板のカメラだったり、かと思ったら箱入りのデジタルカメラがあったり。めったにお目にかかれないような美品があったり。
そのカメラ店で、他の常連さんに見つけてもらったのがキエフ60です。Qさんは、ロシアカメラ系統はあまりお好きでなかったようで、美品の完動品+レンズ(アルサットC)が、鼻血がでそうなくらいの破格の値段(ランチのコース一回分ほど)で売られており、その話を聞くや飛びついたのでした。故障が多いとされるキエフ60ですが、動作チェックをしてもらったこともあり、今も愛用し続けていて、不調は一度もありません。
いまだに覚えているのが、そこで動作品の美品コンタックスTVSが1万円ほどで売られていたことです。わたしは迷いに迷って、結局買わなかったのですが、なぜ買わなかったのでしょう。いまだに夢に見ることがあります。なんであのとき買わなかったのでしょう。過去を悔いてばかりではいられませんが、買っておけば良かったですよね。なぜわたしは……。
一度、Qさんの店で買い物すると、封筒でチラシが不定期に届きます。そのチラシは、ワープロで打たれた文字だけのチラシで、レンズやカメラ、アクセサリーの名前/状態/一口コメント/価格がずらっと並んでおり、とにかく情報量が多く、そのチラシで小一時間ニヤニヤできるくらい面白かったです。そこで気になった物があれば取り置きしてもらって、後日買いに行く、というような感じでした。

 

Qさんは、いつもそのカメラ部屋の中でニコニコと座っていらして、カメラに対する質問にも答えてくださったりして、常連さんとのやりとりも楽しく、わたしはそのカメラ店に行くのが好きでした。行くたびに、フードやアクセサリーなど、こまごまとしたものを買って帰りました。
わたしも含めて、このお店の常連は、もしも何かで、ひとたびこの情報がカメラ好き以外に漏れてしまうと、カメラが好きじゃないのに、儲けたい系の雰囲気の方々がいろいろやってくるんじゃないか――と心配して、誰もが多くを語らなかったんだと思います。たぶん、カメラに限らず、どんな趣味にも、そういった聖域めいた場所があり、その趣味が好きな人たちの中で、ひっそりと語られ、存在するというようなお店や場所があるのではないでしょうか。

 

もうQさんもお亡くなりになって、今はそのカメラ店は、残念ながらありません。でも、いまだにあのカメラの樹海のような部屋と、部屋の王であるQさんを思い出すことがあります。 
ふと、夢の中で行けないかな、と思うのです。そうしたらわたしは、コンタックスTVSを絶対買いますね。

 

そのカメラ店の写真はないのですが、イメージで多重露光になってしまった写真を……。こんな感じでカオスでした。

関連記事

PCT Members

PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。

特典1「Photo & Culture, Tokyo」最新の更新情報や、ニュースなどをお届けメールマガジンのお届け
特典2書籍、写真グッズなど会員限定の読者プレゼントを実施会員限定プレゼント
今後もさらに充実したサービスを拡充予定! PCT Membersに登録する