※今回書く話は、とあるカメラ店に関する思い出なのですが、今はもう存在しないとはいえ、場所等には細かくフェイクを入れてあることをご了承ください。ここですか、という問い合わせにも申し訳ありませんが、お答えすることはできません、すみません。
今日は、今まで、SNSを含めて、一度も書かなかったカメラ店の話をしたいと思います。わたしは、カメラの集まりに、たまに顔を出しており、そこで知り合いもたくさん増えました。みなさん、カメラの業界のベテランです。そこに顔を出して三年くらい経ったころでしょうか、あるカメラ店に行くから、一緒に行かないか、と誘われました。
そのカメラ店は、C県のマンションの一室にあるといいます。
当時わたしは、企画でカメラ店を巡ることもあり、カメラ店の名前はまあまあ知っていましたが、それでも聞いたことのないカメラ店の名前に、(そんなカメラ店もあるんだ、知らなかったな……)と思いました。
たぶん三年間の間に、柊は口が堅そうだ、不用意にSNSに場所を書いたりしない人間だ、とわかってもらえたのでしょう。
数名で集まって出向きましたが、外観はどう見ても普通のマンションであり、看板らしき看板もありません。全員でエレベーターに乗って六階まで。それでも、どうみても普通のマンションとしか思えません。
ある一室へと向かいましたが、ドアにも看板らしきものはありませんでした。常連の方が、ドアを開けて入っていきます。やはり、中は普通に玄関があり、普通のマンションの一室のようでした。
しかし玄関からして、積まれた本の量に圧倒されます。どれもカメラ系の古書や雑誌のようです。通路の両側にいろいろなものが積まれているので、先頭の人に続いて、わたしも最後尾に並び、進んでいきます。人ひとりが通る道しかないものですから、ドラゴンクエスト等のロールプレイングゲームがありますよね、そんな主人公のパーティっぽく、列を作って進んでいくのです。
部屋に入ると、視界一面すべてがカメラ。戸棚の中はもちろん、いろんな棚にもカメラやアクセサリーがぎっしり並べられ、床にも所狭しと置かれています。地震が来たらカメラの雪崩が起きそうな部屋の中、ところどころが獣道のようになっており、その道に各自散って、文字通り、掘り出し物を掘り出すのです。
そのカメラ部屋の王が、カメラ店店主のQさんです。奥の椅子に座って、「やあ来たね」という感じでにこにこしています。
値札はないので、よさそうなものがあったら、「すみません、これはおいくらでしょうか……」と聞いて、値段を教えてもらいます。
みなさん、誰も雑談もせず、もう無口になって掘り出し物に夢中です。分け入っても分け入ってもカメラ。何かをどかすと何かが出てくる、ひょいと置かれているのが、博物館に置いてあるような乾板のカメラだったり、かと思ったら箱入りのデジタルカメラがあったり。めったにお目にかかれないような美品があったり。
そのカメラ店で、他の常連さんに見つけてもらったのがキエフ60です。Qさんは、ロシアカメラ系統はあまりお好きでなかったようで、美品の完動品+レンズ(アルサットC)が、鼻血がでそうなくらいの破格の値段(ランチのコース一回分ほど)で売られており、その話を聞くや飛びついたのでした。故障が多いとされるキエフ60ですが、動作チェックをしてもらったこともあり、今も愛用し続けていて、不調は一度もありません。
いまだに覚えているのが、そこで動作品の美品コンタックスTVSが1万円ほどで売られていたことです。わたしは迷いに迷って、結局買わなかったのですが、なぜ買わなかったのでしょう。いまだに夢に見ることがあります。なんであのとき買わなかったのでしょう。過去を悔いてばかりではいられませんが、買っておけば良かったですよね。なぜわたしは……。
一度、Qさんの店で買い物すると、封筒でチラシが不定期に届きます。そのチラシは、ワープロで打たれた文字だけのチラシで、レンズやカメラ、アクセサリーの名前/状態/一口コメント/価格がずらっと並んでおり、とにかく情報量が多く、そのチラシで小一時間ニヤニヤできるくらい面白かったです。そこで気になった物があれば取り置きしてもらって、後日買いに行く、というような感じでした。
Qさんは、いつもそのカメラ部屋の中でニコニコと座っていらして、カメラに対する質問にも答えてくださったりして、常連さんとのやりとりも楽しく、わたしはそのカメラ店に行くのが好きでした。行くたびに、フードやアクセサリーなど、こまごまとしたものを買って帰りました。
わたしも含めて、このお店の常連は、もしも何かで、ひとたびこの情報がカメラ好き以外に漏れてしまうと、カメラが好きじゃないのに、儲けたい系の雰囲気の方々がいろいろやってくるんじゃないか――と心配して、誰もが多くを語らなかったんだと思います。たぶん、カメラに限らず、どんな趣味にも、そういった聖域めいた場所があり、その趣味が好きな人たちの中で、ひっそりと語られ、存在するというようなお店や場所があるのではないでしょうか。
もうQさんもお亡くなりになって、今はそのカメラ店は、残念ながらありません。でも、いまだにあのカメラの樹海のような部屋と、部屋の王であるQさんを思い出すことがあります。
ふと、夢の中で行けないかな、と思うのです。そうしたらわたしは、コンタックスTVSを絶対買いますね。
そのカメラ店の写真はないのですが、イメージで多重露光になってしまった写真を……。こんな感じでカオスでした。
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