「神話で選ぶか、神話になるか。」
このコピーに合うカメラのモデルは、単数だろうか、複数だろうか。すでに神話になっているフラッグシップ機に憧れ、それを使って自分も神話になろうとするなら、ひとつのモデルだろう。
と、前回書いたが、そうしたイメージに近い広告が、すでにあったことを思い出した。
オリンパスの「この師にしてこの弟子」というシリーズである。手持ちのカメラ雑誌を探してみたところ、『カメラ毎日』1983年4月号に掲載されていた。見開きで、右ページに師匠、左ページに弟子が登場し、ちょっとユーモラスなコピーが添えてある。
機種はOM-2なので、神話とは趣が違うかもしれないが、プロに選ばれたカメラを、弟子も使うというコンセプトは、なかなか説得力がある。「その25」となっているので、かなり続いたシリーズだったのかもしれない。
この広告のメインのコピーは「プロのAE、システムオート」と、機能についてのものであり、割と普通である。
以前、カメラのコピーを集めて、「カメラの修辞学」というタイトルで分類、分析してみたら、なかなか面白い!のではないか?と考えたことがあるのだが、じっさいに調べてみると、思ったほど印象的なコピーがなくて、そのまま忘れていた。

私にとって、一番記憶に残っているコピーは、キヤノン AE-1の「連写一眼」(1976年・以下掲載年)である。憧れのイチガンに未知のレンシャを繋げたこの名コピーは、少年たちの心をがっつり掴んだが、あらためて考えてみると、これも機能についてのものである。今の時代では、ほとんど魅力がわからないかもしれない。
「キミが好きだと言うかわりに、シャッターを押した。」「僕のカメラは、1万フィートのシネ・フィルムより多くを語る。」(1979年)というオリンパス OM10のコピー、「音楽を楽しむように撮ろう。」「いまキミは、青春大通り横断中」「シャッターの音は美しい君におくる挨拶だ」(1980年)というミノルタ X7のコピーも記憶に残っているが、こちらも少年向けである。
ちなみに、オリンパス OM10には「僕のカメラは胸の鼓動のように鳴る。目の輝きのように光る。」、ミノルタ X7には「音が教える、光が告げる、軽快一眼。」という機能を表現したコピーも添えられており、全体的に似通ってもいる。
そのほかの広告のコピーはどうなのだろうか。1970年代から80年代にかけてのカメラの広告から、いくつかピックアップしてみよう。
「プロに謹告 F-1開発5年間。その未来志向が報いられています。」キヤノン F-1(1972年)
「創造意欲を高める操作性。機能美の粋。」ニコン F2(1972年)
「頑固なカメラマン魂を納得させる頑固な1眼レフ」ミノルタ SR-T101(1972年)
「片手連続撮り」トプコン SUPER DM(1973年)
「心に感じるまま、撮影に全神経を集中しよう。」ミノルタ XE(1975年)
「光るMX。その明日へのメカニズム。」ペンタックス MX(1978年)
「コンタックスには思想がある。」コンタックス RTS(1978年)
「ボディは、レンズのオプションになった。」タムロン QZ-210M(1978年)
「時流に流されるのは好きじゃない。」ミノルタ CLE(1983年)
「夢みる力、だけでいい。」ミノルタ α-7000(1985年)
「楽写発見。」キヤノン T80(1985年)
「ヒカリが変わったのではない。写真が変わったのだ。」FUJICHROME(1985年)
「影がシーンをメイクアップする。」サクラカラーSR400(1985年)
こうして並べてみると、百とか千とか万とかという単位で収集してみると、なかなか面白い?かもしれない?と思わないでもない。
……といいつつ、またしばらく忘れておくことにしよう。


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