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8 〈カメラ〉の〈カ〉

2024/07/15

上野修

iPhoneをカメラとして使おうとすると、ほのかな罪悪感のようなものがつき纏う。それが、2012、3年頃の感覚だった。
　

縦位置を意識してiPhoneを使うと、そんな罪悪感が和らぐような気がした。縦位置で東京を撮るから、タテイチトーキョー。このフレーズを唱えながら撮ると、赦されるような気がした。
　

しかし、この思考には副作用があった。横位置でiPhoneを使うときの罪悪感は、むしろ増幅したのである。
　

というのはかなりおおげさだが、横位置でiPhoneを使ことに抵抗があったことは事実である。
　

そもそも、iPhoneというのは形態的にはたんなる板なので、横に持って液晶上のシャッターボタンを押そうとすると、バランスが崩れる。ボリュームボタンを物理シャッターボタンとして使うこともできるが、それほど使いやすくなるわけでもない。
　

そんなiPhoneでの横位置が増えていったのは、いつごろからだろうか。タテイチトーキョーがフェードアウトするように減っていった2014年ごろからフェードインするように増えていった、といいたいところだが、写真を見返してみるとそんなこともなかった。
　

横位置ぼちぼち目立つようになったのは、機種でいうとiPhone7 Plusのころ、ということは、2016年の秋以降である。まず、展覧会場での横位置が増えている。
　

おそらくそのころから、撮影可能と明示された展覧会も増えていったのだろう。興味深いのは、会場写真には横位置が絶対適しているように思えるのに、はじめは縦位置が多いことである。撮影可能とはいえ、展覧会場で横位置で構えると、いかにも撮影してますよ感が出てきて悪目立ちする。メモ感覚で撮るならサクっと縦ですませていたのだろう。
　

取材のときに、もしかしたら図版として使うかも、という意識で撮るようになってから横位置も増えていったようである。それとともに、横位置での撮影も解禁された気分になっていったようだ。行き帰りに横位置で撮った風景などが多くなっている。
　

とはいえ、横位置の場合には、
　

ヨコイチトーキョー、ヨコイチフーケイ
　

といったフレーズが思い浮かぶことはなかった。
　

なぜなら、横位置の写真は、ただの写真、フツーの写真だからである。いや、フツーの「写真」と書くべきかもしれない。

フツーの「カメラ」で撮る「写真」があり、特別な〈カメラ〉で撮る〈写真〉がある。ケータイにカメラが搭載されて、写メが生まれた。では、iPhoneから生み出される写真は、どれになるのか。
　

今やiPhoneはフツーである。めずらしくもなんともない。かつてのフツーの「カメラ」よりフツーだろう（入れ替わるように、フツーの「カメラ」が少なくなって〈カメラ〉ばかりになってしまった）。フツーの「カメラ」よりフツーなデバイスから生まれるのは「写真」以外のなにものでもないだろう。あるいは、その「写真」のカッコがいつの間にか外れることもあったのかもしれない。
　

だんだんややこしくなってきて、自分でもなにをいっているのかわからなくなってきた。
　

iPhoneは写真の序列をじわじわ崩し「カメラ」になり、〈カメラ〉の〈カ〉くらいにまで侵食してきた。それと同時に「写真」を生み出し、〈写真〉の〈写〉のわかんむりくらいまで作り出すようになってきた。
　

そうなってくると、iPhoneは写真も「写真」も〈写真〉も生み出すということになる。ということは、それらの境界も曖昧にしていくということでもある。写真が「写真」になったり、「写真」が〈写真〉になったり、さらに〈写真〉が写真になったりする。
　

これを食い止めることができるのは、やはり「カメラ」であり〈カメラ〉である。
　

「カメラ」で「写真」を撮るのではなく、「写真」を撮るために「カメラ」を使う。〈カメラ〉で〈写真〉を撮るのではなく、〈写真〉を撮るために〈カメラ〉を使う。行為としては同じだが、意識がちょっと倒錯するようになるのだ。
　

iPhoneがカメラにもたらした根底的な変容は、じつはこの倒錯だったのかもしれない。

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上野修

1987年から89年にかけて『TREND ’89現代写真の動向・展（川崎市市民ミュージアム）』などの企画展・グループ展に出品。同じく87年頃より、写真評論をはじめる。2013年、日本写真協会学芸賞受賞。

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