top コラムエアポケットの時代 ─80〜00年代の日本製カメラたち─第2回 現代カメラの操作部材とその起こり

エアポケットの時代 ─80〜00年代の日本製カメラたち─

第2回 現代カメラの操作部材とその起こり

2023/01/01
佐藤成夫

現代のデジタル一眼レフカメラやミラーレスカメラ、もしくはそれを真似たハイエンドカメラの操作性……そしてそれらを構成する各種操作部材といったもののルーツは、軽視されがちな80年代以降のフィルムカメラにあるということを前回の本稿において述べた。今回はそれらを構成する要素について取り上げてみたい。

 

さて、そうはいってもカメラの操作系というものは、機械式の頃はそれほど自由度がなかった。何故かといえば、機械式のカメラにおける操作部材はメカニカルに連結されており、操作部材は各種機構のそばに置かざるを得ないし、したがって操作系の面での自由度も制限されていたからである。

 

例えばシャッターボタンやシャッタースピードの変更といった部材は、当然シャッター機構のすぐ側に置かれることになる。レンズシャッターであればレンズの周囲に置かれるのが自然だし、フォーカルプレーンであればシャッター機構の軸がある軍艦部の至近に置かれるというわけだ。もちろん、たとえばスプリングカメラのシャッターがボディ側にロッドやワイヤーで伸ばされたように、必要があれば移設も行われるが、それらの実現もメカ的手法で行われる。

 

ところが、電気・電子化が進むとこれらは必ずしもそうとは言えなくなってくる。例えば電子制御シャッターはもはやその設定や動作にメカニカルな連動を必要としないため、シャッターボタンやシャッタースピードダイヤルはなんらかの電気スイッチで良いということになる。こうなると、必ずしも軍艦部にダイヤルを置く必要はないし、形状も自由である。場合によっては増設することすら可能になるわけだ。

 

例として、1981年に発売されたリコー XR-Pでは三箇所のシャッターボタンが存在する。ボディ側、増設グリップ側、そして左手側(タイマー機能付き)である。

 

写真上・下  筆者私物(ジャンクコーナー出身)のため、リコーのロゴが欠けてしまっている。

 

増設グリップを外しても接点があるだけで、これらはメカ的ではなく電気的に接続されていることになる。この考えを推し進めていけば、カメラの操作部材は極論どのような電気スイッチでもよいことになる。

そしてこれはつまり、現代的操作系の萌芽でもあった。

 

たとえば、現代のほとんどのカメラにおいて操作系の要となっているモードダイヤルだが、これも電子化以降の産物だと言ってよい。原始的な意味でのモードダイヤルは70年代に各種AEが実装され始めた際にシャッタースピードダイヤル上に各AEポジション(AUTOポジション)が置かれ、マニュアルセットとオートモードを切り替えられるようになったところまで遡ると思われる。

 

ただ、これらのモードダイヤルは1980年代半ばのAF一眼レフ最初期にはシャッターダイヤルごと一旦消滅して、液晶画面を見ながら各モードを切り替える方式が普及し、一旦はこちらがスタンダードになった。ここでは深く触れないが、液晶も1980年代以降のカメラの超重要部材である。

 

一方で現代によく見られるP/A/S/M(P/Av/Tv/M)のフルモード+絵文字アイコンを備えたモードダイヤルは1990年のキヤノンEOS10がその嚆矢であり、2000年代以降はこちらの方式が一般的になって今に至る。現に各社の現行カメラを見ても、この方式のモードダイヤルを持たないカメラの方が少数派なくらいである。

 

図3  キヤノンによる特許申請 特開平03-202819 Cの案が製品の実装に近い。

 

現代のカメラには欠かせない操作部材はもう二つほどある。一つは電子ダイヤルである。

 

高度に電子化されたカメラ─初期のAF一眼レフなど─の軍艦から一旦シャッタースピードダイヤルが消えたのは先に述べた通りだが、このダイヤルが消えたことで、代わりにシャッタースピードを設定する部材が必要になった。これらはボタン、レバー、スライドスイッチなどが検討されたが、最終的にはキヤノンT90(1986年)で提案されたような電子ダイヤル方式がスタンダードとなり、これもまた現代のカメラにおいてはほぼ標準装備といえる部材になっている。

 

 

写真4 出典:福島忠栄, 一眼レフカメラのデザイン 感性を切り取る道具に込める感性,『日本機械学会誌 第91 巻 第838号』,P34,日本機械学会,1988より一部抜粋

 

もう一つはカーソルキー……いわゆる十字キーと言われるような、上下左右の操作を司る部材である。これはモードダイヤルや電子ダイヤルに比べればいくらか歴史が浅く、最初に現代的な配置で現れたのはおそらくニコンF5(1996年)であろう。このカーソルキー、当初はAFポイントの移動に使われていたのだが、じきにこのカーソル移動と大型液晶を組み合わせることでメニューの選択や決定にも転用されるようになり(2001年:ミノルタα-7など)、特にデジタル化以降は最重要操作部材の一つに成り上がった。現代ではこれを装備しないカメラの方が珍しいくらいである。最近の上位機種ではAFポイントの操作という当初の役割とカーソルの移動を分離するため、スティック状のポインターとカーソルキーを両方装備するものすらある。

 

そういえば、これが置かれた背面というのはすなわちフィルムカメラの裏蓋であり、そもそも機械式の時代は操作部材など置きようのない場所であった。すなわち、この部分に操作部材が置けるようになったのも電子化あってのことというわけだ。

 

……とまぁ、このように、現代のカメラにおける操作の基本となっている操作部材は、実はいずれも1980~2000年代にその原型が生まれている。現代のカメラの操作面でのルーツは実はこの時代にあると筆者が主張する理由もここにあるのだ。

 

とはいえ、こうした現代に繋がる操作系の統一は一朝一夕に起きたものではない。むしろこれらが生まれた時代を子細に見ていくと、その時々でまったく異なる操作系も提案され続けている。現代に残る操作系はそれらの試行錯誤の結果、収斂し生き残ったものであるとも言える。

 

さて、こうして現代のカメラと「エアポケットの時代」のカメラが地続きであることを説明した上で、次回からはいよいよそれら電子化が始まった時代とそのカメラについて述べていきたいと考えている。

 

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