top コラム時評15 悪ふざけ

時評

15 悪ふざけ

2023/03/27

上野修

『あの夜、マイアミで』という、モハメド・アリ、マルコムX、サム・クック、ジム・ブラウンという4人の黒人男性が集った1960年代アメリカの一夜を描いた映画に、マルコムXのカメラ愛好を描いたシーンがあった。
　

「ローライフレックス3.5F、ドイツ製二眼レフカメラだ。この名機のファインダーはポップアップ式、これは芸術品だ。移動中に撮る時はナイコンを使うんだ」
　

こんなふうに語りながら、マルコムXは暗い屋上でローライフレックスのシャッターを切る。撮れなくもないだろうが、この時代、そんなに暗いシチュエーションでシャッターを切るだろうか。この映画に限らず、最近の映画やドラマでは、室内や夜でも、普通にフィルムカメラのシャッターを切っているシーンが多いのが気になる。気になるが、こういうことをいちいち気にするのも野暮だなとも思う。
　

そんなことを含め、どの程度実話なのかはわからないが、マルコムXがローライフレックスとニコンを愛用していたというのは、興味深い。その好奇心で満足してしまったせいかどうかはわからないが、年末にそのシーンまで見たところで、残りはそのままになっていた。
　

コロナ禍でステイホームなら、この機会に、たっぷり映画やドラマを見よう、と思ったのは、私だけではないだろう。アマプラことAmazonプライムビデオの見放題になっているものをあれこれと視聴しつつ、いずれネトフリことNetflixに思う存分浸ってみようと考えていたのだが、けっきょくそれが実現しないままに、ステイホームな時期が終わりつつあるようだ。
　

政府の方針では、3月13日から、新型コロナウイルス対策のマスク着用が個人の判断となった。以前はどんな政府方針だったのか思い出せないし、13日から人々の様子が一変したわけでもないが、それでも、このような方針の影響力は大きく、すっかり気分も変わってきたように感じる。
　

2023年3月13日の東京都の感染者数は313人である。3年前である2020年3月13日の東京都の感染者数は2人。その日、新型インフルエンザ対策特別措置法の一部を改正する法律が成立し、内閣総理大臣による「緊急事態宣言」が可能になった。3月11日には、WHOが新型コロナウイルスのパンデミックを宣言し、3月15日の午前0時より、マスクの不正転売が禁止されている。3年前に、あれほど探し求めたマスクを、いま外そうとしている、と単純化してみると、変化の大きさがわかるだろう。
　

2020年3月11日には、無観客試合で開催予定だった第92回選抜高等学校野球大会の中止が決定された。4年ぶりに出場校の選手全員が入場行進をした今春の第95回記念選抜高等学校野球大会では、選手がWBC（ワールド・ベースボール・クラシック）で流行っている「ペッパーミル・パフォーマンス」をしたところ、審判から注意を受け、賛否両論が巻き起こった。2020年の緊張感と比べると、隔世の感がある。
　

WBCは、テレビ放映があったが、Amazonプライムビデオでもライブ配信と見逃し配信があった。ひさびさに、Amazonプライムビデオを使い、『あの夜、マイアミで』が途中だったことに気づき、続きを見てみた。中断するまで見ていたのは字幕で、今回開いたら吹替版だったが、開き直すのも面倒なので、そのままローライフレックスのシーンから見る。
　

マルコムXをからかって、3人がローライフレックスを投げ合っている。それに対して、マルコムXは怒る。
　

「カメラを返してくれ！気は確かか！いくらすると思う？……私の名声は永遠だ……いい加減に悪ふざけはやめろ！」
　

ここから、冒頭に紹介したシーンへとつながっていく。
　

「これはローライフレックス3.5Fという、ドイツ製の二眼レフカメラだ。技術の粋を集めた名機で、とくにこのファインダーがすばらしい。まさに芸術品だ。でもじっさい移動中に写真を撮る時は小型のニコンを使う」
　

ところで、3月の上旬の暖かい日に、ある人気展に出かけた。駅のエスカレーターをのぼっていくと、4、5人の高校生が、マスクを下げてアイスを食べながら笑顔で階段をおりてきた。月並みな比喩だが、街の光景が、一気にカラーに変わったように感じた。

（2023年3月記）