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時評

11 歴史を眺める

2022/11/07
上野修

9月は、人気の大型展、いわゆるブロックバスター展にいくつか行った。

 

そうした展覧会の場合、タイミングによっては、ものすごい混雑のなかで鑑賞することになるので、いつ行くべきか考えなくてはならないのも、いささか億劫だ。コロナ禍になってからは、事前予約、入場日時指定、人数制限もめずらしくなくなったので、ウェブサイトでのチェックも必須になる。ようするに、思いつきで行ったり、ついでに出かけたりというわけにはいかないのが、昨今の大型展である。
 

会期の終了がせまってくると、そもそも入場枠が残ってないこともある。休日はもちろん混雑している。昼食後の午後も空いていないだろう。平日の朝イチは空いているような気がするが、朝イチで美術館に出かける人は思いのほか多いのも事実である。すると、開館から少し時間が経った昼前あたりがよさそうに思うがどうだろう。
 

そんな読みで、ある人気美術展の予約をとってみようとしたところ、数日後の11時の枠が10くらい空いていた。この予約というのがどういう予約を意味するのか、取ってみないとわからない部分がある。いつまで予約可能なのか、支払いまで完結するのか、キャンセルはできるのか。支払いが必要で、変更やキャンセルができない場合には、絶対に行くしかないので、なかなか決断ができない。
 

けっきょく、前日の夜、まだ同じ枠が10くらい空いていたので、そこを取ることにした。予約をすすめていったところ、私が取ろうとしている条件の場合、支払いは当日窓口ということで気が楽になる。当日、窓口には行列もなく、スマートフォンの予約を見せて、チケットの購入という手順だった。最近の美術館はたいていカードが使えるのがいい。
 

会場に入ってみると、枠の残りが10という単位だったのはどういうことだろうと思うくらい混んでいた。コロナ禍による人数制限は、ほとんどなくなっているということだろう。そしてどこから見るのかわからない。もともと私は順路を間違えることが多いので、順路の表示を探してみたが見当たらない。
 

観客もとくに順路にしたがって見ているようではないので、とりあえず入り口近くの作品から見ることにした(のちほど、配布されていた会場マップを見たら「本展覧会には章構成などにもとづいた展示順序はありません。ここに掲載された会場マップやキーワードを手掛かりに、関心の赴くままに自由にご鑑賞ください」とあった)。はじめの展示室の真ん中には立体作品が置かれているせいか、適度に観客が散らばり、混雑のわりに見にくくなかった。たいてい、もっとも混み合うのは入り口近辺なので、これだけでもかなりストレスが軽減される。意図したものかどうかわからないが、なかなかうまい混雑対策だと思う。
 

もうひとつ、作品が撮影自由なのも効果的だった。多少混雑していても、手持ちぶさたにならないのである。じっさい、老若男女がスマートフォンで気ままに作品撮影をしている様子は壮観でもあった。スマートフォンだけではない、ライカで撮っている人もいた。骨董の世界に目垢がつくという言葉があるが、展示されていた現代美術の重要秘蔵作品には、さぞかし写垢がついたことだろう。なんと民主的なことだろうか。これは皮肉ではない。当然私も、スマートフォンとカメラで思う存分撮影した。
 

ブロックバスター展では、大々的なプロモーションが行われる。この人気美術展でも、いくつかの雑誌で特集が組まれていた。それらは、展覧会をめぐるもののようで、そうではない。事前に制作されているので、当然、レビューではないのである。そうした特集から感じる雰囲気は、緊張感に満ちた静謐なものだが、じっさいの展示は、まったくそうではなかった。これは興味深い。
 

ポストモダン文化においては、現実と虚構が交錯する例として、しばしばアミューズメントパークが難解な論理で語られていたが、アミューズメントパークでの体験が難解なわけではない。それと同じように、混雑のなかでスマートフォンを持って鑑賞体験に参加することは、いささかも難解ではなかった。それだけでなく、俗ないい方をするなら、展覧会にしては高めの入場料の元がとれた気分になった。この爽快感は、どういうことなのだろう。
 

これほど多くの観客が、なにがしかの高揚感や感動を味わっているにもかかわらず、それが展覧会の一部として語られることはないだろう。ということは、観客は言説の外部にいたのだろうか、あるいは、語られることがないからこそ、観客は言説の一部になったのだろうか。
 

それにしても、作家というものは、いつ歴史を背負いはじめるのだろうか、背負わされるのだろうか、あるいは、いつのまにか背負っているものなのか。そんなことを、静謐な眺めのよい部屋で、考えるともなく考えていた。

(2022年10月記)

 

2022年9月中旬 撮影地不明

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