11月のある日、ある美術館に行った。
ずっと迷っていたのだが、ある唄を聴いたのがきっかけで、ある小説を読んだところ、ある美術館に行く前後に、その小説に出てくるいくつかの場所に立ち寄ることができるとわかり、早い時間に出かける気持ちになったのである。
朝食を買ってグリーン車で食べようか、混んでいたら食べるのはよくないか、と思いつつ、出かけるのがぎりぎりの時間になってしまい、朝食を買うことはできなかった。はじめに乗った電車には、そもそもグリーン車がなかったので、買わなくてよかった。
電車もかなり混み合っていたので、予定のルートを少しだけ変更し、グリーン車が連結されている電車に乗り換えた。こちらも混雑しており、グリーン車までほぼ満席だったので、やはり朝食を持たずに乗ってよかった、と思った。
ルートを変えたおかげで、乗り換え回数は増えたが、目的の駅に早めに着いた。目的の駅では、今日、何か開催されるのか、屋台の準備がはじまっていた。朝食とコーヒーを買っているうちに、バスがちょうどやってきた。
細くうねる道をバスは走り、眼差しは揺れる。こんなに狭い道だったろうか。昔はなじみのない場所でバスに乗ると緊張したものだが、いまはGPSで現在地を確認できるのでそうでもない。狭い道をいくつか抜けると、美術館近くのバス停に着いた。
ちょうど海が見える場所に、椅子とテーブルがあったので、そこで朝食を食べる。快晴でおだやかな天気だ。予定が少し狂った結果、少しいい結果になっているので、気分がいい。今日は、いい日になるかもしれない。
美術館に入ると、かなり空いていて、ゆったりと見ることができた。名と姓の区別のない呼称を名乗ったというこの作家の展覧会は、現在、別の美術館でも開催されており、そちらは、ある寒い雨の日に行った。それはそれでよかった。
こちらの展覧会は、物語性がある解説パネルが印象的だった。そのせいか、私にしてはめずらしく時間をかけて見たようで、美術館を出るころには、昼前になっていた。
受付の方に、海に出る道を聞くと、美術館の遊歩道からは降りることができないけれど、横の道から行けるという。
美術館の横を道なりに歩くと、すぐに海に出た。静かな海で、晩秋の快晴のわりに、遠景はそれほどクリアに見えなかった。それもまたいい。少し歩くと、貸ボート屋があった。冬の海でも貸ボートがあるのか。
もう少し歩きたかったので、岩場と川を越え、公園まで行った。そこでしばし海を眺めたあと、バス停に向かう。次のバスが来るまで約10分で、来たときのバスとはルートが違う。駅のいくつか手前のバス停で降りると、立ち寄ってみたい場所に近いのでちょうどいい。途中、印象的な名前のバス停があった。いつかここで降りてみよう。
郵便局のあたりでバスを降り、まず、小説に出てきたある橋へと向かう。そこから、小説の舞台になったホテルがあった海岸へと向かう。もちろん、歩いていても、当時をうかがわせるものはなにも残っていない。小説には次のような一節がある。
「それにしても今年は暑いな。何と言いましたっけ? Y女史……、この暑い夜のことを」
「熱帯夜です」
「そうそう、変な言葉を作るな。……(後略)」
熱帯夜とは、いうまでもなく最低気温が25度以上の夜のことで、最近の夏は、熱帯夜しかないくらいだ。この言葉が流行語になったのは、1978年らしい。小説で描かれているのは、その年代前後の7年ほどだろう。
この海岸には来たことがあったはずだが、いつごろだったろうか。ひょっとしたら7年ほどの最後の方に重なっているかもしれない。夏に1、2度、駅に降り、数本買ったビールをコダックのクーラーバッグに入れ、海辺で寝ていると夕方になり、潮が満ちてきて、肌寒くなり目が覚めたものだった。夏の夕方が涼しかった時代だった。
ビールはどこで買ったのだろう。当時、コンビニはあったのだろうか。発泡酒はなかったはずだ。そのころの光景をなにも覚えていない。海から振り返ればそのホテルがあったかもしれないのだが、あの日の海辺をまったく覚えていない。その海辺に立ってみても、なんの感慨もなかった。それもまたいい。
同じホテルを舞台にした、ある評論家による短いエッセイもあった。こちらは、1990年代半ばに、1938年頃を振り返って書かれたもので、当然のことながら、浮かび上がってくる光景がその小説とは違っている。
ここから駅に戻ると、午後1時くらいになった。次の場所に向かう電車もちょうど来た。今日は、いい日になるかもしれない。
そしてじっさい、その日は、いい日になった。
それにしても、今はコロナ禍なのだろうか。その日の夕方のニュースでは、東京都の感染者数は8292人、全国の感染者数は84375人、第8波という言葉が使われるようになってきた。この意味では間違いなくコロナ禍なのだろうが、人々の気分は、コロナ禍を抜け出しつつあるように感じる。
それはつまり、なにかを沈黙や忘却へと沈め、沈黙や忘却すらなかったことにする、ということなのかもしれない。
(2022年11月記)
2022年11月中旬 なぎさにて
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