新しい景色、という言葉が踊った12月だった。
新しい景色は見えなかったのか、見えかけたのか、つかの間の高揚感のなかでまなざしは宙吊りになったまま、年末に向かっていった。
そこで生まれた「さあ、行こう、新しい景色へ、みんなで。」というキャッチフレーズには、既視感がある。たとえば、1970年代の「ディスカバー・ジャパン」や「遠くへ行きたい」を思い起こしてみてもいい。同様に、その宙吊りにも、そのまなざしにも既視感がある。
さて、そんな高揚感も忘れつつあった12月の半ばに行ったギャラリーでの展示で、印象的なできごとがあった。
会場には、腰から下くらいの位置にロープが張りめぐらされており、その内側にはキューブがあり、座って壁面を見ている人が数人いた。
内側に鑑賞者がいるということは、ロープは作品の一部なのだろう。しかし、もしこのロープが作品との仕切りなのだとしたら、鑑賞者に見える人たちが作品の一部ということになる。そんなはずはないと思いつつ、「ロープのなかに入っても大丈夫ですか?」と監視員の方に小声で尋ねたところ、「大丈夫です」と答えてもらえた。さらに、「あの方たちは作品ではないんですね?」と聞いたところ、「違います」という答えが笑顔とともに返ってきて、質問の意味が通じたことが嬉しく、私も笑顔になった。
悪ふざけしてそうした質問をしたわけではなく、この展示は、今の時代を代表するアーティストたちによる「あたらしい世界」をめぐる企画だったので、ロープが作品なのか否か、確信が持てなかったのである。もしかしたら、そうしたことも含めてアーティストの意図だったのかもしれない。そうだとするなら、鑑賞者も監視員も私も作品の一部だったということになるだろう。
じつは、12月の頭に、行こうかどうか迷っていた東北での展覧会があった。ホテルもいちおう予約してあったのだが、その日が大規模イベントに重なっていたこともあり、けっきょく予約は取り消してしまっていた。
1月の上旬、その展覧会に出かけた。新幹線に乗るのはひさしぶりかもしれない。北へ向かう旅は歌詞になるが、南に向かう旅はどうも歌詞にならないといっていたミュージシャンは誰だったか。そんなことを思い出したが、そもそも新幹線では歌詞にならないだろう。それでも、車窓から見える空模様が変わっていくのは、旅情をそそる。
この土地に来るのは、二度目である。調べてみたら前回は2006年だった。美術館も含め、すっかり変わってしまった場所も少なくなかったので、懐かしさを感じることもなかった。これこそ、新しい景色かもしれない。
展覧会は、会場に入ってすぐに、来てよかった、と心から思えるものだった。スタッフをはじめ、会場の雰囲気もすばらしかった。まだ余韻が残っている。これについて書くのはまだ早い気がする。展覧会について書くかわりに、見る前に書いてあったメモを引用しておこう。
そうであるなら偶然性はより概念的、というより概念でしかないものへと研ぎ澄まされていくだろう(このような偶然を人間は感じ取ることができるのだろうか)。
行った日の天気は晴れで暖かく、翌日は雪が降ったり止んだりで、いかにも東北らしいと思えるような景色を味わえたのもよかった。
ところで、この年末年始は、3年ぶりの行動制限のない年末年始だった。3年ぶりの行動制限のない、という言葉もずいぶん手垢にまみれたものになったが、この言葉が躍るのもこれが最後だろう。
1月11日の新型コロナウイルスの国内感染者は203,393人、死者は初の500人超えとなる520人、死者は昨年11月末から3桁で推移しているという。こうした数字の解釈もさまざまだろうが、そもそも一般的には数字そのものに関心を失いつつあるように感じる。
たびたび書いてきたが、このような気分の変化には興味がある。かつて、1990年代の写真表現における気分の変化を、次のように書いたことがあった。
(もう、そろそろ、いいんじゃない?)
(楽しんでもいいんじゃない?)
いっていることが変わらなくても、だんだん、トーンが変わってくる。重苦しい気分が、いつの間にか消えていく。すると、だんだん、いっていることも変わってくる。どうして変わってきたのだろう?
案外、深い理由はないのかもしれない。変わって、まわって、めぐるのが時代だから。そして、人は歳をとっていくものだから。
なぜこんなにも気分の変化にとらわれてしまうのだろう、と考えたりもするのだが、この光景には見覚えがある、と繰り返し思ってしまうのは、たんなる老いなのかもしれない。
(2023年1月記)
2022年12月上旬 新宿
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