前回、もっとも何も考えずに買ったカメラは、プラウベルマキナW67かもしれないと書いたが、さらに何も考えずに買ったカメラを思い出した。ウィスタフィールド45である。プラウベルマキナW67が何も考えずに買ったカメラならば、ウィスタフィールド45はなぜ買ったのかもわからないようなカメラだった。
サンゴー(35mmフィルム)に行き詰まったら、チューバン(中判=ブローニーフィルム)で撮ってみる、チューバンに行き詰まったら、シノゴ(4×5インチ判)で撮ってみる、とでも考えたのだろうか。そもそもサンゴーでもチューバンでも行き詰まるほど撮ったわけでもないので、せめて行き詰まったふりくらいはしたかったのだろうか。
ウィスタフィールド45を買ったのも、プラウベルマキナW67を買ったのと同じ売店だった。値段もプラウベルマキナW67を買ったのと同じくらい、10万円前後だったような気がする。なんとなく見た目が魅力的だと思っていたところに、支払いは分割でもいいといわれて買ってしまったのかもしれない。と書いてみて気づいたが、見た目が魅力的だというのは、充分正当な理由ともいえるだろう。
さて、買ってはみたのだが、撮影のための用具が揃っていなかった。ルーペとレリーズくらいは持っていたが、手持ちのカットホルダーは少ないし、冠布もない。フィルム交換用のダークバッグは持っていたが、使ったことがなかった。カットホルダーを買い増ししたりしているうちに、どう持ち運ぶかも考えてなかったことに気づいた。
1980年代は、カメラ量販店で、コダックのクーラーバッグが安く売られていた。縦長のタイプと、ちょっと大きめな横長タイプがあったが、この横長タイプが、ウィスタフィールド45とカットホルダーを入れるのにちょうどよかった。多分、2、3千円だったと思う。
白黒で皿現像するのにも自信がなく、カラーは高い、ということで、フィルムの選択にも迷った。そんなとき、ポラロイドを使う機会が訪れた。Type 55というフィルムを使うと、ポジ像だけでなく、ネガも得られた。しかも現像ムラもない、美しいネガである。
撮影したら、無水亜硫酸ソーダの溶液で処理する必要があったので、外での撮影の場合は、溶液を持ち歩くか、そっとフィルムを元の袋に戻して帰ってから処理する必要があった。ちょっと面倒なようだが、フィルムをカットホルダーに一枚一枚準備する必要もないし、皿現像する必要もないので、気楽といえば気楽だった。
あるとき、三脚にウィスタフィールド45をセットし、冠布をかぶっていると、背後から初老らしき男性に声をかけられたことがある。
「君は写真が好きなのか」
「はあ……まあ……」
早くどこかに行ってくれないかなと思いつつ生返事をしていたら、男性はお構いなしに話を続けてきた。
「私の兄貴も写真道楽でねえ。ずいぶん困ったもんだよ」
「はあ……」
「君は知ってるかねえ。木村伊兵衛っていうんだけどね」
構図も決まり、ピントも合わせ、撮影の準備はできていたのだが、冠布から出られなくなってしまった。
こういうことがあるので、大型カメラでの撮影はこわい。こわいというほどのことは起こらないにせよ、冠布をかぶった状態というのは、おそろしく無防備である。このあたりのこともあって、4×5の撮影には、なかなかなじめなかった。というか、そもそも三脚を使うのが億劫なので、それ以前の問題だったかもしれない。
そんなわけで、シノゴに行き詰まったら、エイトバイテン(8×10インチ判)で撮ってみる、というふうにもならなかった。シノゴで挫折しているのだから、面積比4倍のエイトバイテンを扱えるはずがない。
わたしが手に入れたカメラのなかでは、ウィスタフィールド45が一番大きなフォーマットのカメラになった。
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