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top コラム月替わり展評「写真を見に行く」:世代の異なるふたりが交代で話題の写真展をレビューする2026年2月のレビュー/失われない湿度、独創の貫徹、距離と安堵、ポートレートは祈りか

月替わり展評「写真を見に行く」:世代の異なるふたりが交代で話題の写真展をレビューする

2026年2月のレビュー/失われない湿度、独創の貫徹、距離と安堵、ポートレートは祈りか

2026/03/03
沖本尚志

大西茂「写真と絵画」(東京ステーションギャラリー)より

 

■大西茂「写真と絵画」
会期:2026年1月31日(土) - 3月29日(日)
会場: 東京ステーションギャラリー(東京都)

 

1928年生まれの大西茂(1994年没)の回顧展が東京ステーションギャラリーで開催された。大西は、北海道大学大学院理学研究科数学専攻の博士課程在学中の1955年に東京・銀座で写真による初個展を開催し、以降独自理論の「超無限」を探求しつつ写真や絵画の制作に取り組んだ。本展では、1950年代に制作された写真作品が前半に示され、後半では絵画が展示された。写真作品については、多重露光、反転二重焼付、合成、ソラリゼーション、印画紙への現像液滴下・塗布、フォトグラムといった銀塩写真の暗室技法が使われている。正直何が映っているか判別が付かないほど画面は混沌としているが、情報量は多く、同時に約70年前の作品とは思えないほど躍動している。

 
大西が用いた暗室技法は、戦前の表現主義(ピクトリアリズム)の写真作家たちが用いたものと相違ないが、作品はピクトリアリズムの作家たちが共有していた“一枚絵の美学”とは異なる位相にあって、偶発性と自己探求の熱量に満ちている。当然ながら、当時の写壇を支配した“絶対非演出のスナップショット”とも異なっている。大西の暗室技法は偶然的要素を生み出すために行き着いた結果で、また作品の追求よりも自己の追求を優先する大西の制作態度は、水墨を書き殴った印象の絵画のそれと併せて当時アメリカで新芸術として勃興したアクション・ペインティングを彷彿させる。それは、1970年代以降の政治と文学の力学の変化ーー革命で世界を変えるのではなく自己の内面を変えることで世界の見え方を変えるーーというアプローチを先取りしていたのではないか。
 
暗室作業では、印画紙を水や薬品に浸し、濡れて乾く工程を経ることで写真が生成される。個人的には、この「湿と乾」の行為を、湿=野生あるいは感性、乾=知性に置き換えることが可能ではないかと考える。この思考を大西の創作に重ね合わせるならば、偶然性を求め続けた彼の作品は明らかに湿の要素が強い。それどころか、70年前の感性・野生を留めた大西のプリントは、いまだ湿度を失っていないように見える。その独創が、70年の歳月を経て再評価へとつながった理由なのかもしれない。

 

■小松浩子展「corrosion」
会期:2026年2月10日(火) 〜 28日(土)
会場: IG Photo Gallery(東京都)

 

小松浩子展「corrosion」(IG Photo Gallery)より

 

1969年生まれの小松浩子が、銀座のIG Photo Galleryで4年ぶりとなる新作展を開催した。新作は、過去に作家自身が撮影・現像した銀塩プリントをスキャンしてデジタルデータ化し、それをトレーシングペーパーに出力し、ネガとして密着焼きで印画紙に転写するという複雑な工程で制作されている。
 
トレーシングペーパーをネガとして用いる手法は、4年前に同ギャラリーで発表された「Channeled Drawing」でも使われていた。今回は複数の銀塩プリント画像を重ね合わせるためにこの方法が採られている。暗室で引き伸ばし機を使いネガを交換しながら一枚の印画紙に焼き付けるという伝統的手法も可能だったはずだが、それを選ばず独自の方法を貫くところに小松らしさがある。使い慣れたトレーシングペーパーにこだわる点、そして一度デジタル化した銀塩プリントを最終的に暗室作業で再び銀塩プリントへと書き戻し、異なる像に上書きしていくサーキュレーションを制作過程に組み込む点にも一貫性がある。

 


 小松浩子展「corrosion」(IG Photo Gallery)より


展示は通常の額装形式で、かつて天井と床全面を使って空間を写真で埋め尽くした展示と比べると落ち着いている。しかしその静けさは、逆に不穏さを帯びている。「Channeled Drawing」にも漂っていた空気である。大西茂も小松と同じく一枚の印画紙に複数の写真を露光しているが、熱量を感じる大西のプリントに対して小松のプリントは真逆で冷ややかな印象だ。ネガで多重露光している大西に対して、小松は銀塩プリントで画像を多重化していることとフィルムよりも光を減衰するトレーシングペーパーを使っていることが温度差の要因であろう。
 
会場には写真作品に加えて8mmフィルムで撮影された映像作品も展示されていた。映像は二種類あって前進する映像と周回する映像で、それぞれ一本の8mmフィルムで1回撮って暗所で巻き戻してもう一度撮る二重露光で撮影されている。同一の場所でありながら速度や距離が微妙にずれることで、二つのレイヤーが視覚上で分離し、座標感覚が揺らぐ。何を見ているのか判然としない感覚が残る。現代の写真家で、小松のように旧来の写真技法や特性の可能性を探りながら創作を続ける作家は稀だ。しかし、こうした持続が射程の長い独創を生むのだろう。

 

■横田大輔「植物、暗室」
会期:2026年1月28日(水)- 2月28日(土)
会場: スタジオ35分(東京都)

 

横田大輔「植物、暗室」( スタジオ35分)より

 

横田大輔の展示は12月の展評で紹介した。本展はその続編である。前回は多摩川中流域に自生するセイヨウカラシナの観察行為と写真撮影における「見る」行為を対比し、カメラで世界を見ることへの疑念を大判カメラによるタイプCプリントで提示した。今回はそのB面にあたる内容で、テーマは写真撮影の先にある暗室である。
 
会場にはバライタ印画紙に大きくプリントした白黒写真が大雑把に掲示されていた。これらは前回のカラー写真を単純にモノクロで撮り直したものではない。前回提示した写真を一旦デジタル化し紙ネガを作成、それを密着焼きで印画紙にプリントしている。撮影ネガ自体は前回と同一と思われる。この工程は小松浩子の手法と同じだが、横田は紙ネガを用いる点が特徴的である。紙ネガは写真術の始祖のひとり、フォックス・タルボットが発明したネガポジ法で用いられた感材であり、横田の作品は写真史の文脈をトレースしているのだ。

 


 横田大輔「植物、暗室」( スタジオ35分)より


今回も横田のステイトメントは健在で、読ませる内容だ。今回は、写真によって生まれる実体との距離に対する“安堵”がテーゼとして語られている(*1)。写真は複写であり、実体ではない偽物であるがゆえの安心感といったところか。前回のテーゼはカメラで世界を見ることへの“疑念”であったのに対し、今回はほぼ対極にある感情の“安堵”である点が興味深い。そして、そのテーゼが確保される場所が暗室なのである。その文脈からすると、暗室は写真にとってのセーフティハウスなのかもしれない。横田が提示するテーゼは今回も刺激的だった。


(*1)https://35fn.com/exhibition/daisuke-yokota-plants-darkroom/

 

■馬場磨紀「Donor」
会期:2026年1月22日(木)~2月2日(月)
会場: OM SYSTEM GALLERY II(東京都)

 


 馬場磨紀「Donor」(OM SYSTEM GALLERY II)


作品のテーマにポートレートを選んだ写真家は、困難な道を選択した者である。言うまでもなく、コンプライアンスに縛られた現代においては肖像権を無視して自由に人の顔を撮り公の場で発表するのは安易に行えるものではない。被写体探しと許諾、撮影のセッティング、被写体へのケアなど手数を考えれば枚挙に暇が無い。
 
1990年代にデビューし、女性のポートレートを制作してきた馬場磨紀の最新作「Donor」は、乳児を育てる母親の授乳姿を住居の一室で撮影し、宗教画の聖母子像にモチーフを求めた仕上げた作品である。被写体はホームページや医院の協力で募集され、育児の現場である住居の一角で家具と生活品に囲まれるなかで撮影された。ポートレートは聖母子像をイメージした仕上がりとなっているが、狙いは宗教画のトレースやシミュレートではない。ステイトメントにある「美しい虚像」という言葉が示す通り、聖なる母親像の虚像の描写を目指している。
 

馬場磨紀「Donor」(OM SYSTEM GALLERY II)

 
母親のポーズは乳児を抱き、授乳する姿で統一されている。作品を見ていると、家具、本棚の中身、台所と食器、テーブルに並ぶ酒類とその瓶など周囲に映り込んでいる生活の痕跡が目に留まる。被写体の暮らしの水準がさりげなく伝わる。写真には金額縁を模した金色のフレームが添えられている。どのような生活環境であっても、母親は強く崇高だ。作品のテーマは異なるが、歌う人を撮った「APPEARANCE」を制作する写真家、兼子裕代のポートレートを思い出した。祈るような敬虔さが両者に共通している。混沌が極まるこの時代、ポートレートとは祈りなのかもしれない。
 
写真集「Donor」(赤々舎)も発売中だ。

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