top コラム月替わり展評「写真を見に行く」:世代の異なるふたりが交代で話題の写真展をレビューする2025年4月のレビュー/ゲームチェンジの時代、写真の身体、還ってきた1989年、この世界への抵抗

月替わり展評「写真を見に行く」:世代の異なるふたりが交代で話題の写真展をレビューする

2025年4月のレビュー/ゲームチェンジの時代、写真の身体、還ってきた1989年、この世界への抵抗

2025/05/08
沖本尚志

細倉真弓「曖昧な決定、肉、光」(COPY CENTER GALLERY)より。会場一階に置かれたスピーカーを模した黒塗りの木箱に裸体の部分アップ写真を貼り付けたオブジェ(左)と本命の液晶モニターを縦に4台並べた映像と音のインスタレーション(右)

 

■細倉真弓「曖昧な決定、肉、光」

会期:2025/2/1〜23

COPY CENTER GALLERY(東京都)

 

1979年生まれの細倉真弓による展示は、写真を使った立体物・映像+音によるインスタレーションだった。会場は印刷工場を改装した路面と地下の上下階を使い、一階はクラブの大型スピーカーを模した木箱に裸体の部分アップの白黒写真を貼り付けて並べたインスタレーション、地下には液晶モニターを縦に4台並べて大音量のサウンドと共にモノクロ映像を映すインスタレーションが置かれた。

 

出色は地下の映像で、4機のモニターはフィルムカメラのシャッター音をサンプリング加工した大音量のサウンドと同期し、夜の樹をストロボ撮影した白黒写真が機関銃のように吐出される。一階ではクラブの雰囲気・オマージュを匂わせながら、階下ではかつて広告や雑誌で行われていたフィルム時代のスタジオ写真撮影の緊張感を音と映像で再現した。これはまったくの予想外で、度肝を抜かれた。周囲の意識を一点に吸い込むかのような撮影現場の緊張感は光と音に置換され、かつての記憶は新たな体験に生まれ変わって身体に刻み込まれた。写真表現においてもゲームチェンジの年となるであろう、2025年の幕開けに相応しい没入型の展示だった。

 

■吉田志穂「ハルシネーション」

会期:2025/3/15〜5/10

Yumiko Chiba Associates(東京都)

 

吉田志穂「ハルシネーション」(Yumiko Chiba Associates)より。アクリル板とアルミ柱を使った“自立する”写真(右)

 

1992年生まれの吉田志穂の最新展示は、写真の身体性と構造をより強調する内容だった。使われるイメージはいつものように蒐集したイメージの断片だが、写真を載せるメディアが何であるかがこの作家の場合は問題となる。2024年に行われた写大ギャラリーとリクルートアートセンターBUGの場合、それぞれアクリル・OHP・プリント額装と印刷版下が使われた。これらの“事物”が何を意味するかは明白で、写真にとっての“身体”あるいは“依り代”を意味する。つまり、写真とはメタなメディアであり、情報としての絵姿はあるが実体がなく、事物に転写されるかあるいは躯体·機能を借りることで物質化する。銀塩写真の時代は多くの場合、フィルムと印画紙がそれを担っていたが、デジタル写真時代はその制約が解除された。吉田は作家活動の初期からこの事実に気づき、作品に取り入れた。

 

今回印象に残ったのは、アクリル板とアルミ柱を使った“自立する”写真だ。もちろん写っているのはイメージの断片の集積体で、被写体の不在と同時にメディウムの縛りはないという思想は健在だ。写真は自立することで額装からも自由になり、見栄え(ビジュアル)だけでなく、形状(フォルム)も問われる時代になった。

 

■落合由利子「東欧 1989 EASTERN EUROPE」

会期:2025/4/8〜26

IG Photo Gallery(東京都)

 

落合由利子「東欧 1989 EASTERN EUROPE」(IG Photo Gallery)。ブルガリアで撮られた写真(右)

 

1963年生まれの落合由利子は、80年代に日本大学芸術学部を卒業後、東欧に渡った。折しもベルリンの壁と共産主義政権の崩壊、民主化の激動を目の当たりにする。が、ルーマニアで結婚・出産を経験、現地で撮った写真は直ちに日の目を見ることなく眠りにつく。これら写真は30数年を経て、意外なかたちで日の目を見る。2021年、落合の娘で現代美術作家のスクリプカリウ落合安奈は母親と二人展「わたしの旅のはじまりは、 あなたの旅のはじまり」(ANB Tokyo)を企画·開催する。この展示は評判を呼び、写真家・落合由利子の名が周知される。その最新展示が今回の「東欧 1989 EASTERN EUROPE」である。

 

写真はベルリンの壁から始まり、ハンガリー、チェコ、ルーマニア、ブルガリアを巡る。眠りから覚めた写真は瑞々しく、美しいプリントからはこの作家が持つ確かな技量が伝わった。同時に初作品集となる同名の写真集も出版され、こちらも出色だった。編集・制作・発行を作者自身が手掛け、一見最近のモノクロ写真集の体裁だが、隙の無い組み、こだわり抜いた装幀と印刷、独創的な杏色の紙を使った見返し等、節々に良い写真集の匂いがする一冊だった。

 

■広瀬勉「photocopier 知久君⑩」、「知久君⑪ 同い年に生まれ還暦」

会期:2025/4/16〜30

酒場こどじ(東京都)、バー鳥渡(東京都)

 

広瀬勉「知久君⑩」(酒場こどじ)はコピー用紙を使ったプリントによる展示

「知久君⑪」(バー鳥渡)はRCペーパーによるゼラチンシルバープリントの展示

 

1965年生まれの広瀬勉は、1990年代の後半に音楽家の知久寿焼を含む4人の男女で杉並区天沼で共同生活を送っていた。その知久を写した写真だけを集めて披露したのが、今回の写真展である。個人的に、最近は80〜90年代に撮られた写真に興味を惹かれる。手触りを感じるのだ。それは形容詞としてではなく、インターネットとSNSと監視カメラとコンプライアンスが無かった時代に撮られた写真だからだ。ここで言う手触りとは固有の情報があるという意味だ。落合由利子の写真にも言えることなのだが、インターネットが世界を覆い尽くす前のこの時代は、まだ街にも人の顔にも固有の情報があった。“目に映るすべてのものはメッセージ”というフレーズが通じたギリギリの時代だ。

 

広瀬が撮った知久寿焼の肖像とスナップには、地上げを逃れた建物のようにそこにしかない固有の時間と彼らの情報がある。それはゴツゴツと不格好で洗練とはほど遠いのだが、デザインされすぎたこの世界への抵抗にも思えるし、そこに新鮮さも感じる。懐かしいのではなく新しい。この写真だけが表せる感覚を、あらためて酒を飲みながら体験できた展示だった。

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