Photo & Culture, Tokyo
コラム
top コラム月替わり展評「写真を見に行く」:世代の異なるふたりが交代で話題の写真展をレビューする2026年1月のレビュー/東京都写真美術館「作家の現在 これまでとこれから」、上原沙也加「聞こえないように、見えないようにたとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」他2つ

月替わり展評「写真を見に行く」:世代の異なるふたりが交代で話題の写真展をレビューする

2026年1月のレビュー/東京都写真美術館「作家の現在 これまでとこれから」、上原沙也加「聞こえないように、見えないようにたとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」他2つ

2026/02/02
河島えみ

「総合開館30周年記念 作家の現在 これまでとこれから」(東京都写真美術館)より

 

■「総合開館30周年記念 作家の現在 これまでとこれから」

出品作家:石内都、志賀理江子、金村修、藤岡亜弥、川田喜久治
会期:2025/10/15〜2026/1/25
会場:東京都写真美術館(東京都)

日本の現代写真を牽引する5人の写真家の貴重な展覧会が開かれた。
 
石内都は、今なお広島の平和記念資料館に寄贈され続けている遺品を撮影している。当初は依頼仕事として広島に関わり始めた彼女だが、現在は個人のプロジェクトとして年に一度の撮影を続けているという。新作として発表された「雨よけがついた下駄」のカラー写真は、80年前のファッションとしての側面も描き出しており、非常に興味深かった。
 
「復興とは何か」を問い、東北で撮影した過去20年の歩みを展示した志賀理江子。同時期に開催されていたアーティゾン美術館での写真の常識を覆す手法とは対照的に、本展ではプリントが額に収められた静的な展示である。地元住民のナラティブを咀嚼し、視覚化する彼女の写真は、被写体の感情を代弁するかのような圧倒的な迫力に満ちている。

 

金村修は、都市の雑多なノイズを、写真やドローイング、コラージュ、映像といった多彩な手法で実験的に表現し続けている。今回は美術館という場に合わせ、諸シリーズが整然と並べられていたが、個々の作品に目を向ければ、秩序なき場所への着眼や、既成の秩序を破壊する営みが鮮明に浮かび上がる。
 

金村修のコラージュ作品/「総合開館30周年記念 作家の現在 これまでとこれから」(東京都写真美術館)より


藤岡亜弥は、代表作である〈川はゆく〉と〈Hiroshima Today〉の2シリーズを展示した。彼女は、出身地の呉市で受けた平和教育による「ヒロシマ」と、日常を営む市民の場としての「広島」の間にある乖離を意識しながら、撮影に臨んでいるという。本人曰く「情緒的になりすぎないようにしている」とのことだが、その抑制された視点ゆえに、受け手は作品をすんなりと、かつ克明に受け止めることができる。


川田喜久治の「地図」シリーズより、《日の丸》を鑑賞した。これまでにも何度か目にする機会があった作品だが、戦後80年を迎えようとする現在の地点からこの写真を見つめると、私たちは沈鬱な心地になる。しかし、開戦当時はメディアの扇動もあり、当時の日本人の多くは浮き足立ち、高揚していたはずなのだ。川田の写真は、被写体が孕む時代のうねりの中へと見る者を引き寄せ、深い内省を促す不思議な力を持っている。

 

今回の5人による作品をきっかけに、多種多様な対話や語りが繰り広げられることを期待したい。 

 

■上原沙也加「聞こえないように、見えないようにたとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」
会期:2025/1/24〜2/22
会場:横浜市民ギャラリーあざみ野(神奈川県)

 

上原沙也加「聞こえないように、見えないようにたとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」(横浜市民ギャラリーあざみ野)より

 

青い空、青い海......。と、いわゆる「欲望される沖縄」のイメージから一線を画し、本来の土地のありようを写す写真家だ。本展は「眠る木」「緑の部屋」「緑の日々」、そして新作「前の浜」の4つのセクションで構成され、各エリアは薄いレースのカーテンで緩やかに仕切られている。上原の写真には、なぜ人が写っていないのか。写真家はこう語る。
 
「『今ここにいる人』だけではなく、『かつてここにいた人』の気配にも目をこらし、耳をすませるような、目には見えないものへの静かな想像力もひらいていきたい」

 

写真家が用いる代表的な手法の一つに、特定の被写体やテーマを定め、類似したイメージを反復させることでシリーズとして編むやり方がある。しかし、上原のように「繰り返しのイメージ」を持たないシリーズの場合、鑑賞者にはより深い想像力が求められることになる。

 

上原沙也加「聞こえないように、見えないようにたとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」(横浜市民ギャラリーあざみ野)より

 

私が展覧会を訪れた1月末、50代とおぼしき4人の女性グループが作品リストを手に、一枚一枚の写真の前で「これは何かしら」と語り合っていた。その光景が、なんとも素敵に映った。
 
大学時代を東京で過ごした後に帰郷し、現在は沖縄を拠点に活動する上原。本展では、2016年から約10年間にわたり撮り溜めてきた4つのシリーズが一堂に会し、その軌跡を辿ることができる。

 

■「野島康三と斎藤与里 ―美を掴む手、美を興す眼」
会期:2025/11/1〜2026/1/18
会場:埼玉県立近代美術館(埼玉県)

 

「野島康三と斎藤与里 ―美を掴む手、美を興す眼」(埼玉県立近代美術館)より

 

目を引くような派手な演出を排し、ごく自然な姿を捉えた女性のポートレートに強く惹きつけられた。本展を通じ、野島が写真家としてだけでなく、画廊経営や海外作家の紹介など、多角的な活動を展開していたことが見て取れる。


雑誌『光画』を木村伊兵衛や中山岩太と創刊した際の挨拶文には、「私達は微力なるものでありますが写真藝術の使命を全うし、その特有の美を創造したいと思う一念であります」と記されていた。ここからは、写真を「芸術」へと昇華させようとする野島の並々ならぬ情熱が伝わってくる。

 

「野島康三と斎藤与里 ―美を掴む手、美を興す眼」(埼玉県立近代美術館)より


しかし、興味深いのは、写真の機械性を強調した伊奈信男による論考「写真に帰れ」もまた、同じ『光画』から発信されている点だ。芸術性を追求する野島と、機械性を重視する伊奈。対照的な視座を持つ二人が、当時どのような議論を交わしていたのか、想像を掻き立てられた。

 

■南 阿沙美「HINOMIHOからHISAMATSUへ」
会期:2025/12/5〜12/8
会場:東京おかっぱちゃんハウス(東京都)

 

南 阿沙美「HINOMIHOからHISAMATSUへ」(東京おかっぱちゃんハウス)より

 

上石神井駅から徒歩5分ほど、築80年近い古民家で写真家・南阿沙美の写真展が開催された。
 
ファッションブランドのデザイナー・HINOMIHOを介して、彼女は福岡の居酒屋「ひさ松」と出会った。本作は、そこに集う個性豊かな常連客や、店主が飼う動物たちを被写体に据えたシリーズだ。 『孤独のグルメ』の作者・久住昌之は「個人店は一つの国のようなもの。店によってルールも雰囲気も違う。店長はいわば国王なんですよ」と語っていた。この「ひさ松」もまた、狭く雑然とした店内に常連客がひしめき、自由な語らいが許される独立国のような情緒を醸し出している。

 


 南 阿沙美「HINOMIHOからHISAMATSUへ」(東京おかっぱちゃんハウス)より


カメラの眼差しは居酒屋を飛び出し、HINOMIHOさんや店主の自宅で見せる愉快な一面までも映し出す。生活の深部までをさらけ出し、写真家と対峙する被写体。その「丸見え」とも言える圧倒的な距離感こそが、本作の大きな見どころである。

関連記事

PCT Members

PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。

特典1「Photo & Culture, Tokyo」最新の更新情報や、ニュースなどをお届けメールマガジンのお届け
特典2書籍、写真グッズなど会員限定の読者プレゼントを実施会員限定プレゼント
今後もさらに充実したサービスを拡充予定! PCT Membersに登録する