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月替わり展評「写真を見に行く」:世代の異なるふたりが交代で話題の写真展をレビューする

2025年10月のレビュー/灰と真鍮、二つの心臓、Mに克つ、戦後ネバーエンディング

2025/11/04
沖本尚志

寺田健人「聞こえないように、見えないように」( Yumiko Chiba Associate)より

 

■寺田健人「聞こえないように、見えないように」「遠い窓へ 日本の新進作家 vol. 22」
会期: 2025/7/29〜9/20、2025/9/30〜2026/01/07
会場: Yumiko Chiba Associate、東京都写真美術館(東京都)
 
1991年生まれの写真家、寺田健人による二つの展示を見た。一つは、東京都写真美術館の新進作家展に出品された「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」。自らが仮想の父親となって不在の家族との団欒を演じることで、社会的規範に対して批評的な視線を送る寺田の代表作である。展示空間で見るのは初めてで、現在の若手世代の問題意識の地層の一端を見た気がしたが、それより印象深かったのがユミコチバアソシエイツで開催された新作展「聞こえないように、見えないように」である。
 
同作は沖縄の戦跡をモティーフにし、白黒写真と白黒のリトグラフで構成されている。郊外の風景や建屋、鳥居、狛犬などが写っていて、ところどころに金色の彩色が施されている。よく見ると、その金色の部分は戦禍で傷ついた弾痕であり、金継ぎの要領で真鍮粉によって補填されている。金ではなく真鍮粉を使っている点が重要で、それは拾い集めた米軍の実弾演習の空薬莢から得たものだという。空薬莢は琉球の葬送の風習である、あの世で使うお金「うちかび」の型枠の制作にも使われ、会場では薬莢と「うちかび」がガラス瓶に入れられ展示されていた。
 
この展示で印象的だったのは、弾痕という微視的な視点から戦争という巨視へ、あるいは風景という巨視から弾痕という微視へと遷移していく巧みな視覚的演出である。この微視と巨視の遷移は双方向であり、世代を越えるという暗喩を内包している。そこには、作家が両親から受け継いだ思想や記憶も含まれ、それが鑑賞者への問いかけとなっている。その問いかけも直視させるのではなく響かせるという繊細なやり方、写真の白黒=灰と、真鍮=金が織りなす美しい色彩によって成立していると思われた。灰と真鍮の色彩には、能舞台や佗茶の茶室に通じる「そぎ落としの美学」と「わび・さび」の感覚が内包されている。それは、能のシテや歌舞伎役者の所作のように、するりと自然でありながら研ぎ澄まされていた。日本的あるいは東洋的な美学の眼差しを、沖縄を見る視線へと落とし込んでいる点に、本作の意義があるのだろう。寺田健人は今後も沖縄を題材とする機会が幾度もあるに違いない。それは沖縄のために行う“何か”なのだと思う。静謐で美しい展示を前に、そんな予兆のような感想を抱いた。

 

■森栄喜「Moonbow Flags」
会期:2025/10/10〜12/20
会場: KEN NAKAHASHI(東京都)

 

森栄喜「Moonbow Flags」(KEN NAKAHASHI)より

 

1976年生まれの写真家・森栄喜による久々の個展が、新宿三丁目のKEN NAKAHASHIで開催された。新作のタイトル「Moonbow Flags」は、「月光によって生じる虹」を意味し、1968年のパリ五月革命に着想を得たという。白い図形とポートレートを組み合わせたフォトグラムによるCプリント作品を最初に見たとき、フォトグラムで描いた図形がポートレートと重なることで写真の構図を食い破り、写真表現を拡張しようとしているのではないかと思った。しかし、作品をじっと見ているうち、それだけでは説明しきれない複層的な要素が潜んでいるように思えてきた。
 
本作は、森栄喜のこれまでの作品に見られる男性の肌や身体性に目を惹かれるが、フォトグラムに注視すると印象が変わる。描かれた図案は見るほどに造形と構成の美しさ、独自性が際立つ。フォトグラムは下絵写真と絶妙にシンクロしながら描かれ、優れたグラフィックデザインを見ている感覚をもたらす。さらにフォトグラム部分は単なる白い図形ではなく、色彩や屈折が繊細に加えられている。再びポートレートに視線を戻すと、写真はフォトグラムとは別のレイヤーとして浮上し、両者の緻密な重なり合いは浮世絵の版木を重ねた多色刷りの精緻さを想起させる。
 
森栄基のフォトグラムは偶発的な造形ではなく、デザインとして厳密に構成された表現なのである。しかも本作はデジタル加工を一切用いず、銀塩写真のプロセスだけで制作されている点にも驚かされる。本作における構成力と造形力の高さ、とりわけフォトグラム部分の表現は、森栄喜という作家の中に複数の才能、もう一つの心臓が眠っていることを示しているようだった。「Moonbow Flags」は、森の過去作品の検証と再評価へつながる重要な作品になるのではないだろうか。

 

■松江泰治「ANDALUCIA 1988」
会期: 2025/10/11〜11/9
会場: TARO NASU(東京都)

 

松江泰治「ANDALUCIA 1988」(TARO NASU)より

 
1963年生まれの写真家、 松江泰治の写真展「ANDALUCIA 1988」を東京・六本木のTARONASUで見た。本作は、現在の俯瞰によるジオグラフィ的作風に至る以前に制作された、いわば“お蔵出し”初期作品である。撮影ポジションを太陽を背にする「超順光」のスタイルはすでに確立されているが、本作はフジの中判6×9カメラを用い、徒歩で移動し、一脚を使いスナップの手法で撮影されている。以降は、4×5の大判カメラと三脚を使い自動車で移動する撮影スタイルへと移行、同時に森山大道の影響を受けたスナップ的作風から現在に連なるジオグラフィ的な作風へと変化する。
 
撮影スタイルの変化について、在廊していた松江本人から話を聞くことができた。「被写体を求めて歩き回るのはもう疲れた。この手法では都市の周囲で断片しか撮れない。結局、森山大道と同じになってしまう。もっと広大なものを撮りたかった。だから手法を変えるしかなかった。徒歩をやめて自動車を使い、カメラは大判を三脚に載せて撮るようにした」という。
 
この言葉を聞いて、松江と森山の関係を思い出した。かつて両者は師弟のような関係にあり、松江は森山の撮影に同行したこともあったが、師弟関係を嫌う森山は松江と訣別する。松江が撮影方法と作風を大きく変えたのは、森山を越える、森山に克つためだった。「光と影」の“影”を消す「超順光」を編み出したのもその意志の表れであろう。高解像度を得られる大判カメラの採用や独自の現像プロセス導入も、すべてその延長線上にある。
 
松江の写真は森山大道譲りのスナップを出発点としており、森山の呪縛を解く過程を経て現在の作風に至っている。「ANDALUCIA 1988」は、その分岐点を示す重要な展覧会と思われる。しかしながら、クールな印象の松江作品の背後に、こうした胸熱なエピソードがあったことは、意外であり驚きでもある。

 

■戦後は続くよどこまでも
会期: 2025/9/8〜11/5
会場: 東京工芸大学芸術学部 写大ギャラリー(東京都)

 

「戦後は続くよどこまでも」(東京工芸大学芸術学部 写大ギャラリー)より

 

戦後80年をめぐる写真企画点の掉尾を飾る、戦後をテーマにした写真展を東京・中野の写大ギャラリーで見た。展示を企画した1978年生まれの写真評論家・研究者の小原真史は、社会学者の見田宗介が唱えた3つの時代区分のうち「理想の時代」(1945〜60年)と「夢の時代」(1960〜1970年代前半)を補助線に使い、「戦後」という概念を写真によって批評的に提示した。もはや慣用句として定着している「戦後」とは何か、その内実を写真によって問い直すのが本展の主旨である。
 
「写真の真実性」という言葉をしばしば耳にする。言い方の是非はともかく、時代の証拠や証言者としての写真の役割はいまなお有効だ。本展で特に印象に残ったのは、戦後日本とアメリカとの軋轢のなかで生まれた闘争と葛藤、そしてそれを可視化してきた写真家たちの軌跡である。米軍占領下の沖縄で米兵と住民とのリアルを記録した阿波根昌鴻、60年安保闘争をはじめとする反政府運動を記録した中谷吉隆の写真は、戦後80年の過程で後退した「政治の時代」を浮かび上がらせた。個人的には、土門拳の戦前・戦後の写真が時代をまたいで展示されていたのが印象に残った。戦前は日本工房で体制に加担した土門だが、市井の人々を撮るという行為においては戦前・戦後を通じて一貫した視点を保っているように見えた。そこには、権威主義をまとった土門拳という存在とはまた違う人格があるように思えた。
 
「戦後80年」は決して終わらない日常の連続である。おそらく今後も毎年、戦後の検証は続くだろう。写真の戦後は、まだ終わっていない。むしろ、これから始まろうとしているのかもしれない。それは、写真を見る者、研究する者にとって、忘れてはならないテーマでありテーゼでもある。

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