江戸城の痕跡はいたるところに、点在している。そのことは広く知られているが、不意に出会うと、少しだけ日常が、そして時空がねじれたような気分になる。そのことを私は日々密かに楽しみにしている。
中央線・総武線の市谷から御茶ノ水のあいだにはその存在が濃厚にあって、駅のホームからその痕跡・古蹟、さらに書かれた掲示板とか案内板に出会うと、そのたびに私は足をとめて、見入ることが多い。
脇を急ぎ足の通勤途中の人々が過ぎていく。ふと一瞬だけ自分が彼らとは違う時空に瞬間移動したような錯覚を覚える。
地下鉄の虎ノ門駅。
ここにもまた江戸城の外壁が構内に存在している。虎ノ門駅から直結した連絡通路のような場所で、正確には文部科学省の構内だという。かつてこのあたりに江戸城三十六見附のひとつ、虎ノ門見附があった。
地下鉄からのエスカレーターを上っていくと、途中で「外堀水面△」という表示が現れて外壁の色が黒からグレーに変わる。さらに進むと窓のように明るく開けた先に、石垣が現れた。黒い部分は、かつてのお堀の水面を示すものであることを理解した。
江戸城外堀跡 地下展示室。
複数の資料によれば、1636(寛永13)年、この石垣を含めた外堀工事は60の大名家が6組ごとに編成されて、分担して行われたとのこと。石に大名の名(刻印)も彫られている。平成16年、文部科学省の新庁舎建設の際に発掘され、全容が明らかになったらしい。
しばし、足を止める。虎ノ門はかつて、新聞社の社カメ時代によく訪れた場所だ。官庁街のすぐ近くで、いまは名称が変わってしまったが大蔵省、通産省(通商産業省)などに本当によく写真を撮りにいった。この二つの記者クラブに配属される記者は、社内では「出世コース」と言われていた。そんな記者たちを記者クラブに訪ね、彼らに言われた通りの写真を撮るがの社カメに課せられた任務だ。
ホテルオークラの最寄り駅も虎ノ門だ。さまざまな記者会見やパーティーなどが行われて、ここに行くことも多かった。特に産業界のパーティーはバブル時代だったこともあり、いまでは信じられないくらいに派手だった。ある企業の新年祝賀会では氷で作られた巨大な彫刻がそそり立っていて、その下にはたくさんのデザートとフルーツが並んでいた。
そこへの通り道には移転前の写真のコマーシャルギャラリー「P.G.I」があって、必ず寄った。いつ行っても展示室は無人だった。ポストカード(あるいは小さなパンフだったか?)を数百円(正確な金額忘れました)で販売していて、コインを貯金箱みたいな箱に入れることになっていて、それを買うのが密かな楽しみだった。でも、ひとつも手元に残っていません…。
そんなことを思い出しながら、水面の高さに立ってみる。なんだか水族館とか、動物園にいるような気持ちがしてくる。
工事に当たった大名が譜代なのか、外様であるかが気になり出して、あとで調べてみた。岡山藩主・池田光政の名前がある。組頭だったらしい。思った通り外様大名だったが、徳川家と婚姻関係を持ち親藩・譜代並みの厚遇を受けた人物だという。外様大名として有名な毛利家も入っていた。徳川家の思惑について思いをはせてみる。



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