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東京 / 異層

09 八重洲地霊

2026/01/26
小林紀晴

東京駅の八重洲口が若い頃から好きだった。20代前半、私は工業系の業界新聞のカメラマンをしていて、このあたりをよく訪れた。東京駅を挟んだ大手町の整然とした雰囲気とは対照的なところに魅力を感じていた。大通りから細い路地へ入ると古いビルが並び、多くは雑居ビルという言い方がもっともしっくり来る佇まい。実際にそんなビルのなかには小さな会社がいくつも入っていて、細い階段(エレベータなし)を登って取材に行った記憶がある。個性的な中小企業の社長さんがタバコをバカスカ吸っていたりした。古くからの飲み屋もあって下町的な匂いもあった。
 
八重洲ブックセンターの存在も魅力だった(あるとき突然なくなり、かなり驚いた。閉店は再開発によるもので2028年に同地に再出店の計画がある)。


新聞社時代、周辺で取材があると必ず帰りに寄って、しばらく過ごした。まだ携帯電話のない時代。記者は会社からポケベルを持たされていたが、カメラマンはよくも悪くもそれも持たされなかった。だから、一旦会社を出てしまえば、捕まえることができない。本当は取材が終わった段階で、会社に「撮影終了しました。これから帰社します」という報告をしなくてはならないことになっているのだが、よっぽど急ぎがあるとき以外は多くの同僚が、それを省略した。そんなときに限って、急ぎの記者会見などの撮影依頼が記者から来ていたりして、会社に戻ると「コバヤシくん、どこで何をしてたの?」と諭すように写真部長に言われることもあって、冷や汗をかいた。
 
いまではよほどのことがないと訪れる機会もない。このエリアが再開発の対象になっていることはコロナ禍に東京を撮り歩く中で知った。この写真を撮影したのは2021年6月。


90年代のバブルの頃(私の業界新聞時代とピタリと重なる)、こんな光景をたくさん観たなあと懐かしさが先に立って足を止めた。

 

シノゴのカメラで撮影するときは常に撮ろうか、撮らないでおくべきかを考える。限られた枚数のフィルムしか持っていないからだし、単純に一枚を撮影するのに時間がかかるからだ。逡巡をめぐらし、結局三脚を立てた。
 
あとで知ったことだが、この辺りは「東京駅前八重洲一丁目東B地区第一種市街地再開発事業」によって再開発が進んでいた。どうやら写真に映るビルは立ち退きを拒否したようだ。ネットには「立ち退きに応じない、ど根性ビル」と応援する声もあれば、逆の声もあった。私は前者の気持ちに傾く。バブルの時代にも似たようなことはたくさんあったし、観た。


すべて更地にして新しい高層ビルにした方が効率はいいことは間違いない。


情緒や感傷のために街があるわけではないのは理解しているつもりだが、味気ないという思いが湧き立つ。そこには「立ち退かない」と決めた誰かの意思が確実にあるはずだ。損得とか効率を超えた何かが確実にあるはずだ。それらとは次元が違う何かが。


私は、ここに地霊(ゲニウス・ロキ)を感じにはいられない。

 


 

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