Photo & Culture, Tokyo
コラム

東京 / 異層

05 赤羽

2025/08/26
小林紀晴

2021年初夏、私は赤羽に向かった。きっかけは雑誌「散歩の達人」の記事による。以前から愛読している雑誌だったが、コロナ禍によりほとんどどこにも行けなくなってしまったので、東京とその周辺を扱っているこの雑誌をかなり読み込んでいた。その年の6月号の特集は「赤羽VS北千住」。
 
そのなかに「清野とおる、“赤羽”との再会」という記事を見つけた。漫画家・清野とおるが描いた『東京都北区赤羽』もまた、私の愛読書で、全巻を読み、さらに時々再読もしたりしている。漫画というカテゴリーに収まらない。さまざまな捉え方、読み方ができる。ドキュメントであり、都市論的、あるいは文化人類学的な読み方もできる。風俗、民俗、歴史、思想、信仰、地勢といったものが詰まっているからだ。
 
学生時代、私は赤羽駅を毎日利用していたことも関係していて、親しみをおぼえる。中野坂上の写真学校に通っていたが、西川口駅と蕨駅の中間くらいにあるアパートに住んでいた。実家でもないので、かなり不思議がられた。理由は単純に荒川を越えると家賃が安いから。まったく縁もゆかりもない。

 

偶然、埼京線が開通した年。赤羽まで行って、京浜東北線に乗り換える。そのために深い地下通路を通らなくてはならず、記憶ではエスカレータは存在しておらず、恐ろしく面倒だった。最寄駅の西川口駅は、ついこのあいだまで長野県の県立高校を卒業したばかりの少年には刺激が強すぎた。という以前に、駅前の風俗街は単純に怖かった。だから少し遠回りになるのだが、時々、蕨駅を使うようになった(こちらの方が西川口駅前より牧歌的な印象が)。
 
「散歩の達人」のなかで清野とおるは文字通り赤羽を散歩する。「作徳稲荷大明神」というビルの屋上に存在する神社が紹介されていた。漫画『東京都北区赤羽』のなかでは「たどりつけないお稲荷さん」として紹介されている。

 

そもそもは1959年にビルの建築にともない、屋上へ移転されたようだ。それでいて隣のビルから参拝できるという不思議な構造になっている。

 

その神社がビル解体により近々、ほかの場所へ移転されるらしい。ネットで検索してみると、確かに「赤羽一番街の“たどり着けないお稲荷さん”として有名な作徳稲荷は7月末をもって移転する」という記事を見つけた。
 
私は俄然興味をもって、このお稲荷さんへ向かった。所在地は、赤羽一番街。飲屋街である。時々途中下車してこの街を歩いた学生の頃を思い出す。

 

「屋上参道入口」という表示を見つける。どうやらこのビルに入っているようだ。その近くにはタイ式マッサージ点の看板が並んでいる。恐る恐る階段を登った。昔、ミャンマーのマンダレーとう町で、山の上のお寺まで2時間ほどかけて裸足で登ったことを急に思い出す。戻った時に靴がなくなっていたらどうしようと、終始不安だった。参道ってやっぱり坂とか階段が相応しい。

 

 

屋上へ出た。確かに、眼下、隣のビルに小さな祠がある。鳥居があり、きつねさまもいる。銅葺きの立派な神社だ。
 
「散歩の達人」には記事を書いたライター、カメラマンがお賽銭を賽銭箱に投げ入れるが入らなかったと書かれている。でも清野とおるが5円玉で挑戦すると、見事入ったらしい。

 

私も5円玉を取り出し、慎重に投げてみる。意外なことにすっと入った。ちょっと興奮した。

 

つけていたマスクを思わず外した。急に息を吸いたくなったのだ。そして深呼吸してみた。
 
なんかいいことありそうな気が急にしてきた。せっかく赤羽まで来たのだから、昼間から適当に飲み屋に入って一杯やりたくなった。でも、東京都には緊急事態宣言発令されていて、酒類の提供は禁止されている。帰路についた。

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