2021年11月のパリフォトで発表され、ヨーロッパの読者に好評をもって迎えられた笠井爾示の新作作品集『Stuttgart』(bookshop M)。1月25日の日本国内での発売を前に、笠井本人に思いを聞いた。
当時からあまり文化・芸術が盛んな街というイメージは持っていませんでした。シュトゥットガルトというと有名なのはダイムラー・ベンツとポルシェの本社があります。そういった印象の方が強いけれど、かといってアメリカのデトロイトみたいな工業地帯なのかというとそうでもない。街を流れているネッカー川を越えない限りは工業地帯という雰囲気もないし、おだやかな地方都市という感じです。
そこに10歳から18歳まで8年暮らしていたわけですけど、ものすごく長く住んでいたという感覚が自分の中にあります。歳を重ねると8年なんてあっという間だけれど、10代のその8年はとにかく長かったなと思っているし、いまもその感覚をひきずって生きているというのはありますね。
とても生きやすい場所だったんじゃないでしょうか。性格にも合っているというか、うちの家系は全員そうなんですけど、周りに流されないタイプなんです。ドイツもそういうお国柄というのもあるし、すごく活き活きと生きていた時間だったんじゃないかと想像します。
大前提として、家族全員で旅行をしようというのがありました。両親も歳をとってきているので、一緒にドイツに行く機会がこの先なくなっていくだろうなというのもあって、みんなでシュトゥットガルトにいって思い出に浸ろうよ、程度の動機でした(笑)
それで僕の方から提案して、実際行ったのは2019年7月末から8月の12日間だったのですが、一年以上前から話しとしては出ていました。けれど、どうせ行くなら家族全員で行こうというのを前提にしていたので、家族全員のスケジュールを合わせるのがとても大変で。リスケが重なって、ようやくこの日程に決まりました。
久子さんの写真を撮ろうと思いついたのは出発の一週間前くらいでした。母親を撮るということをずっと心の中で意識はしていたのですが、かといって「絶対撮らなくちゃ!」という使命感を持っていたわけでもなかったんですね。僕がこれまで作品にしてきたのは身近な事柄で、家族を撮るというのもその範囲内ではあったのだけれど、他方では線を引いていました。というのは、そんなに簡単に撮れるものでもないし、撮ったところでありきたりになるというか、絵が浮かんでしまうんですよね。ゴールが先に見えてしまうようなことはやりたくないし、さっきも言ったように切迫感も持っていなかったので、頭の片隅にはあるという状況が十数年続いていました。町口さんからもたしかにずっと言われていたんだけれど、ちょっと流してたところはあったかな。
それともうひとつは、写真を始めたのは日本に帰ってきてからですが、久子さんを撮るということとはまったく別に、ずっと写真でドイツに対して落とし前をつけたいというのもまた同時にあったんです。けれどそれもまた、じゃあシュトゥットガルトに帰って撮れば成立するのか? というとそうではなくて、やっぱりこれもゴールが見えちゃう。ドイツに対する落とし前としては、どこかのタイミングで一定の期間もう一度住んで撮ればいいのかな、というようなことを漠然と考えていました。
ひらめいちゃったんですね。これって、いま両方やればいいんじゃないの? って。そんなに、僕はひらめいて写真を撮るタイプじゃないんで(笑)。ただ、その時は町口さんにもそのことは言ってないし、ドイツに行くということすら言ってなかったです。
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