私は30年ほど前から中国製カメラに関心をもち、中国各地の中古カメラ店にしばしば出かけていました。しかし、コロナ禍以降、ビザ取得の煩雑さもあって大陸へ出かけることが減り、その替わりに台湾を訪ねる機会が増えています。台湾ではいつも中古カメラ店を訪ねます。銀座や新宿の有名店のような水準は望めませんが、台湾の愛好者と店主たちの素朴な、あるいは個性的な写真・カメラ愛に触れて楽しんでいます。ここでは最近訪ねた店を紹介します。
台湾全図
◆台北
台北ではいつも台北駅近くに宿をとります。全島どこに行くにも便利なうえ、カメラ店がまとまった『北門相機街』があるからです。北門とは清朝時代の城門です。「相機」はカメラの中国語。その北門の周辺に十数軒のカメラ店が集まっています。 大半が最新のデジタル製品を扱う店ですが、少ないながら中古専門店もあります。
この相機街で必ず私が足を運ぶのがライカの品揃えで知られる『文雅撮影器材』です。店頭にライカの赤マークを掲げています。バルナック、M型の主だった中古ボディ、各種レンズはだいたい揃っています。もちろんローライフレックス、コンタックス、ハッセルブラッド、ニコン、キヤノンもあります。ファインダーやフードなどのアクセサリーも多く、日本のライカ好きでも楽しめる店といえるでしょう。この店でとくに楽しいのはライカ社お得意の特別バージョンのカメラやレンズを置いていることです。中華民国建国百周年記念のライカM9は軍艦部に清朝を倒した孫文の言葉を大きく刻印しています。「ライカカメラ社はここまでやるのか」とびっくりさせられました。
文化財の「北門」のすぐわきには『福倫達旗艦店』という立派な看板を掲げた店があります。「福倫達」とはフォクトレンダー。いわゆるコシナ・フォクトレンダーの専門店で、新品、中古レンズをずらりと並べています。フォクトレンダーは台湾でも人気があるのですね。
『文雅』『福倫達旗艦店』の並びにも中古カメラを置いた店があります。品揃えはデジタル中心ながらショーウィンドーに中古を並べ、店主の好みをうかがわせています。ただ、相機街全体では10年前に比べて中古カメラを扱う店は減っています。私が関心を寄せる中国製カメラは一般的な二眼レフ「海鴎」を除くとほとんど見かけなくなりました。気になる価格は総じて日本より少し高いように感じます。各店主によると、地味ながら台湾でもフィルム人気は健在です。コダックや富士のフィルムはこの街に来ればいつでも簡単に手に入ります。
北門相機街の看板。右奥が北門。台北に残る清朝の唯一の城門です。台北駅からゆっくり歩いて15分ほどの距離です。付近には日本統治時代に建てられた台北郵便局、鉄道博物館などクラシックな建築があります。
ライカ製品を扱う文雅撮影器材。ライカのエンブレムが目立ちます。
ゴールドのレンズも。
エルメスの超豪華セット。
中華民国建国百周年記念のライカM9。清朝を倒した孫文の有名な言葉が大きく刻印されています。
二代目のご主人。店内のディスプレイも赤と黒のライカ調です。
ゴールドライカ。
フフォクトレンダー「旗艦店」。
新品レンズが勢揃い。
ロシア物を置く店もあります。
北門相機街を歩いた夜はいつも近くのワンタン店に入ります。胡瓜、厚揚げの小皿をつけて日本円で500円ほど。キヤノンのコンデジで撮影。
◆台中
台中には「底片相機専門=フィルムカメラ専門」を看板に掲げる中古カメラ店『凸相機』があります。そのうたい文句に恥じない品揃えです。ニコン、キヤノン、ミノルタ、オリンパスなどの一眼レフはもちろん、最近の人気を意識してハーフ判、レンズシャッターカメラも多数並べています。店に入って正面には日本製カメラの古いカタログを置いています。心憎いですね。驚いたのは二眼レフの「MARIOFLEX」。1950年代初めの日本の大城光学の製品です。初めて見ました。さすがにこれは非売品のようです。『凸相機』は市内で開かれるコスプレ大会のような期間限定のイベントにも積極的に出店してフィルムカメラを並べています。若者にフィルム撮影を楽しんでもらおうということでしょう。
思いがけずこの店でフィルム現像の割引券をもらいました。台湾の DPE の実情はどんなものかを知ろうと、その現像所『明室』を訪ねました。突然の訪問にもかかわらず若いご主人は大歓迎してくれ、私が持ち込んだネガフィルム Kodak Color Plus の現像作業を見ていかないかと誘ってくれました。フィルムを大きな自動現像機「NORITSU QSF−V50A」に通して現像し、富士の卓上式デジタルラボ「Frontier」で素早くスキャンします。その日の夜にデータが送られてきました。料金は200台湾元、日本円で千円弱。一日に30本ほどの依頼があるそうです。若い客のほとんどはネガフィルムは不要。最近の日本と同じですね。120フィルム、4✕5にも対応します。私が現像を依頼したフィルムにはニコンS3に大口径のニッコール5cm F1.1を付けて絞り開放撮影した 札幌PARCO の写真が入っていたのですが、私が説明していないのに作業中のご主人がネガを見てひと目で「ソフトですね」と描写の特徴を言い当てたのには感心しました。
考えてみれば何十年も写真を楽しみながら現像所の作業を見ることなど日本でもありませんでした。大変楽しく貴重な経験になりました。お礼に、私はM型ライカをモデルにした中国製カメラ「紅旗 20」についてまとめた拙著『紅旗 271奇跡』(日本語、繁体字中国語並記)を進呈しました。それにしても、『明室』とは「暗室」の逆をいく洒落た店名だと感じ入りました。なお、台湾では現像・スキャンのことを「沖洗掃描」「沖掃」と表現します。
台中では『老魚相機舗』という個性的な店も訪ねました。路面店ではなくマンションの6階、脱サラしたオーナーが自宅の居間にカメラを置いているのです。壁面はカメラとカメラケースで埋まっています。高級品志向ではありませんが 、各国の名機を手堅く揃えています。オーナーにお気に入りを聞くと「Aires 35 ⅢC」を手に取りました。さすがです。趣味がこうじて商売を始めたというゆるい趣きが好ましく感じられました。
フィルムカメラ専門とうたう「凸相機」。
やはり日本の一眼レフは人気が高いそうです。
フィルム愛があふれています。
日本の二眼レフ「MAIROFLEX」には初対面。驚きました。
フィルムのトラブルなどが起きたときに使う暗箱もあります。日本のカメラ店にもありましたね。懐かしいです。
提携するフィルム現像所「明室」の割引券を配っています。
台中の現像所「明室」。若い店主はローライフレックス2.8Fを愛用しているそうです。そして車はポルシェ!
ノーリツの自動現像機からネガが出てきます。
ネガは不要、という若い客が多いそうです。
ポジフィルムのデジタル化のための装置。カメラはハッセルブラッドX2D、レンズはなんとプリンティングニッコール。凝りますね。
台中の「老魚相機舗」。自宅の居間がカメラで埋まっています。
カメラケースもこうディスプレイすると見事です。
ニコンSPのトートバッグ。大胆なデザインです。お客さんの手作りだそうです。
台中の目抜き通り「台湾大道」に面したカメラ店。店名は「柯達行」、訳せば「コダック商会」。しかし、店の外装はご覧の通り。いまはニコン、キヤノンなど最新のデジタルカメラを扱っています。
「柯達行」の店頭。デジタルの店ですが、クラシックなカメラを展示。店主のこだわりでしょうか。
◆台南
台南の細い裏通りを歩いていたとき、タイル張りのレトロな店鋪が目を引き、入ってみました。なんと中央のケースに新品の「PENTAX 17」がラップに包まれて鎮座しています。この時点で日本では大人気で受注停止になっていました。店員に聞くと「売りますよ。23000元です」。日本円で約11万円。良心的です。
外からは分からなかったのですが、『雙美 Futami workshop』というカメラ店でした。主力商品はインスタックス、ロモ系と各国の135フィルムとカメラです。完全に若者をターゲットにしており、ひっきりなしに若い男女が入ってきます。フィルム人気の強さを痛感しました。撮影したフィルムの処理について聞くと、店員は台湾全島の現像所一覧表を見せてくれました。主な都市にはあるようです。
面白いことに若者向けの商品の間に日本の「WALZFLEX」や「WISTA 45」さらにシグネットやステレオリアリストなど中古カメラをたくさん置いています。PENTAX 17 やマミヤC330などを描いたステッカーといった愉快な独自商品もあります。その後ろにはW.エグルストンの写真集が置かれているのです。店名の「Futami」は日本語読み。店主の趣味がふんだんに盛り込まれた店であることがよくわかりました。
台南の「雙美」。新品の「PENTAX 17」を早速販売するとは大したものです。
PENTAX 17やマミヤC330を描いたステッカー。芸が細かいですね。若者には受けるのでしょう。
「Take More Photos」が店のキャッチフレーズ。Tシャツも販売しています。
「WALZFLEX」とインスタックスが並んでいます。
コダックの商品棚にはベリクロームの商品名。懐かしいですね。
「写ルンです」の復刻セット。こんな商品もあるのですね。中国製でしょうか。
二階には静かなカフェ。私は「漂浮芒果蜜桃紅茶」を注文。桃味マンゴーシャーベット紅茶です。複雑な味でした。ソニーのα7Ⅱに70年前のS用ニッコール5cm F2レンズを付けて撮りました。
「雙美」の近くにある老舗で名物の粽を味わいました。中には大きな栗が入っていました。約400円。ニッコール5cm F2で撮りました。
◆高雄
台湾南部の港湾都市・高雄にはかつての埠頭を再開発した「駁二 Pier2」という地区があります。日本統治時代に建てられた倉庫群などに多くのギャラリー、物販、飲食店が入り、高雄を代表する文化、行楽、観光地区になっています。
ここにあるフィルムにこだわるカメラ店を訪ねました。若者や家族連れを対象にしたチェキ、「写ルンです」やトイカメラが前面に出ていますが、中古の金属カメラも多く並べています。
私が日本でフィルム撮影を楽しんでいるというと、若い店員さんが待ってましたとばかりに愛用のオリンパスシックスに手慣れたようすでストロボをつけ、私を撮ってくれました。フィルムはロモだそうです。販売する各フィルムには店主が実際に使用して高雄市内を撮影したプリントを参考として添えています。親切ですね。
店内をじっくり見ていると、売り物のインスタックスフィルムの段ボール箱を抱えて店主がやってきました。この方は郭建良さん。あとで知ったのですが湿板写真撮影で有名な方でした。このお店の名は『典像濕版撮影工藝』なのです。そこで私は湿板写真術でポートレートを撮影してもらいました。カメラはディアドルフ5✕7。レンズは「James W. Queen & Co. Philadelphia」のブラス 。ともに使い込まれたものであることがよくわかります。レンズキャップの着脱による露光で、時間は約10秒。例の固定金具に頭を押し付けての撮影でした。カメラと照明のセット、構図の決定、ガラスへの薬剤塗布、慎重なピント合わせなど約30分ほどかかったでしょうか。約2時間後に再訪し、箱のなかに丁寧に装丁されたガラス写真を受け取りました。ドキドキワクワクの楽しい湿板初体験でした。ガラスは4✕5より少し大きいサイズ。料金は1800元、約8500円でした。
高雄のカメラ店「展像濕版撮影工藝」。
愛用のカメラを手にする店主の郭さん。
販売するフィルムには試写したプリントを添えています。親切ですね。
若い世代が関心を寄せるフィルムカメラを並べています。
ミノルタのちょった変わったカメラ、ミノルタPROD-20’s。懐かしいですね。
湿板撮影にはディアドルフを使います。
出来上がった湿板写真。なんともいえない味わいがあります。シャッターが開いている10秒の間に瞬きをしてしまいましたが、写りに大きな影響はありませんでした。
高雄市内の別の中古カメラ店。日本でもときどき見かける「雑然」スタイルですね。
何がどこにあるかわからない、それが魅力です。
高雄市内のかき氷店で。汗をかいたあとには最高です。約500円。
◆美術館へ
カメラ店巡りの合間に台湾写真の最前線に接する機会を得ました。台中にある国立台湾美術館でたまたま開催中の「113年全国美術展」を参観したのです。「113年」とは中華民国113年、西暦2024年を意味します。水墨、書法、油絵、彫塑そして撮影(写真)など各部門の入選作品が展示されています。写真の最高賞の作品は周伸芳さんの『生之島』。説明にはデジタルイメージとあります。伝統的なスチル写真とはまったく異なる手法の作品で驚きました。銅賞のひとつは黄孟雯さんの『家一訓』。儒教の「賢妻良母」などの徳目をパロディ化した写真をテーブルの上に並べ、それを赤い照明の部屋の中央に据えるインスタレーションです。作家も審査員もすごいものだと驚き、半ば呆れました。
写真の展示では私はいつも台北の国家撮影文化センターを参観しています。国立台湾美術館傘下の組織で、意欲的な現代作家の写真、映像や歴史的な写真の展示を行っています。いまは「日治時期写真帖中的台湾」が開催中で、昭和天皇が摂政だった1923年(大正12年)の台湾訪問の写真などが展示されていました。このセンターは北門相機街からも台北駅からも徒歩10分のところにあります。日本統治時代の大阪商船台北支店の建物に入っています。いわゆる「帝冠様式」のクラシックな建物です。
以上、駆け足で台湾のカメラ店事情を見てきましたが、台湾は治安が良く、交通機関も充実しており、快適な街歩きを楽しめます。私が住む北海道からも毎日飛行機が飛び、東京へ行くより安い便もあります。これからも折に触れて訪ねたいと思っています。
全国美術展の写真部門で最高の金賞に選ばれた周伸芳さんの「生之島」。デジタル技術を駆使しているようですね。
これは銅賞作品。黄孟雯 さんの「家一訓」。これも写真部門です。
- 【注】ここで紹介した各店はウェブサイト、インスタグラムがあり、在庫品などを見ることができます。グーグルマップからも検索可能です。
1950年埼玉県生まれ。写真好きの伯父の影響を受け、少年時代から写真撮影に親しむ。最初に使ったカメラはFUJIPET。1975年から地方新聞社に記者として勤務。1990年代初めに北京に駐在し、中国製カメラに関心をもつ。著書に『中国のクラシックカメラ事情』(朝日ソノラマ、2005年)、『紅旗 271奇跡』(台湾・健真國際有限公司、2016年)。札幌在住。本名は嶋田健。
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