top スペシャルレポート写真の“ワク”を飛び出した映像表現の追求——日本カメラ博物館 特別展「ステレオ&パノラマカメラの歴史」レポート

写真の“ワク”を飛び出した映像表現の追求——日本カメラ博物館 特別展「ステレオ&パノラマカメラの歴史」レポート

2024/11/01
鈴木誠

日本カメラ博物館は、特別展「19世紀から21世紀へ とびだす!ひろがる! ステレオ&パノラマカメラの歴史」を10月29日から2025年2月2日まで開催します。所在地は東京都千代田区一番町25番地 JCIIビル(東京メトロ半蔵門駅の4番出口から徒歩1分)。この記事では開幕前日の報道公開の様子をお届けします。

 

 



 

現在のXR(クロスリアリティ)、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)といった技術は、古くから人々が映像に求めてきた体験であり、写真が誕生する1830年代から取り組まれてきたものだといいます。その起源ともいえるステレオ写真やパノラマ写真を撮影するカメラについて特集したのが今回の展示。カメラやビューワー、関連資料、実際に写真を鑑賞できるコーナーなど、約150点が展示されています。

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ステレオ写真の体験コーナー

 

 

ビューワーの貸し出しを受けられる

 

 

■ステレオカメラとは


2つのレンズを左右に並べて同じ被写体を撮影するカメラ。左右の目の視覚に相当する2枚の写真をビューワーにセットし、左右それぞれの目で鑑賞することにより立体視を実現しています。

 

 

1800年代後半のステレオカメラ。いずれも左右の目に相当する2つのレンズが備わり、湿板もしくは乾板に撮影する。1つのレンズで横長の写真を撮れる機種や、アオリ機構が備わる機種もある。



現在のデジタル写真や動画コンテンツでも、普及に大事なのは手軽に鑑賞できるプラットフォームです。これらのステレオ写真はプリズムを使ったビューワーなどが開発されましたが、普及の大きなきっかけは、医師・作家のオリバー・ホームズが簡素化された構造を持つビューワーを作成したこと。さらにその特許も取得しなかったことからステレオ写真の産業が誕生し、人物や風景、観光写真、開拓や戦争の記録などが幅広く撮影され、展示物や家庭の娯楽として使われました。

 

 

“ホームズ型”と呼ばれる1900年頃のステレオスコープ(ステレオビューワー)。簡素な構造などからステレオ写真の普及を支えた。

 

 

フランケ&ハイデッケの「ハイドスコープ」(乾板)および「ローライドスコープ」(120フィルム)。ローライドスコープは、二眼レフカメラ「ローライフレックス」の原型として知られる。

 

 

また1950年代には、35mmカラースライドフィルムの普及に伴いアメリカを中心に流行。カメラ、ビューワー、映写機、偏光めがねなど、システム化された製品が売り出されます。特にメジャーだったのが、「ステレオ リアリスト」(1947年)に始まる“リアリスト判”と呼ばれた23×24mmサイズの画面を撮影するもので、コダックも同規格の製品を発売。レンズの焦点距離、画面の間隔、スライドマウントも決められました。

 

 

戦後アメリカで流行した“リアリスト判”の原点「ステレオ リアリスト」(右)とビューワー(左)。

 

 

コダックも23×24mmサイズのステレオ写真用製品を発売した。

 

 

12×13mmの撮影サイズを用いた「ビューマスター」のビューワー(左手前)と映写機(右)。円盤状の「リール」をセットし、回転させて別の写真を鑑賞する。

 

 

ほかにもステレオ撮影できるレンズ付きフィルムや、一眼レフカメラ用のステレオアダプター、携帯ゲーム機に内蔵されたステレオカメラなど、意外に身近だったアイテムの数々も並びます。

 

 

プラスチック製のお手軽なステレオカメラも登場。35mmフィルムや110フィルムを使用する。

 

 

一眼レフカメラ用のステレオアダプターや、スマートフォンを差し込んで使うビューワー。ステレオカメラと裸眼立体視できるモニターを内蔵した携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」は、“世界で最も多く販売された3Dカメラ”である可能性も?

 

 

ステレオ写真を撮影できるデジタルカメラや交換レンズ。

 

 

個人が自作したステレオカメラも展示されている。

 

 

■パノラマカメラとは


広い範囲を撮影するためのカメラで、超広角レンズを用いたり、レンズやカメラ本体を回転させるなどの様々な種類が存在します。パノラマの語源は、ギリシャ語の「すべて」を意味するPanと、「見る」を意味するhoramaだそうです。

 

 

超広角レンズを用いたパノラマカメラ各種。右下の「サットン パノラミックカメラ」(1858年)は中に水を入れた“水球レンズ”で知られ、撮影に使うガラス湿板や現像器具も全て半円状にしてあるという。

 

 

パノラマカメラの中には、スリット状の映像を写しながらレンズが首を振る“首振り型”という種類があります。これは、現在のデジタルカメラやスマートフォンに見られるパノラマ撮影機能の原点と言えるでしょう。撮影者がカメラを動かすと、動きに応じてスリット状の画像が細かく撮影され、1枚のパノラマ写真になります。

 

機械式のパノラマカメラはいわゆる“メカニズム”で構成されていますが、人間の動きが予測・制御できないゆえに、スマホカメラでは加速度センサーを使って水平位置を指示したり、カメラを振ることで手ブレが生じるようであれば、スリット状の画像1枚ごとに手ブレ補正を働かせたり。人間はどこまでいっても“機械の歯車”にはなれないわけです……というと話を広げすぎですね。

 

 

いずれも“首ふり型”と呼ばれるパノラマカメラ。固定したカメラのレンズ部分が左右に回転することで広い範囲を写す「つなぎパノラマ」方式。これら以外にカメラそのものが回転する方式もあった。

 

 

一方、広い範囲が写るレンズでワンショット撮影するパノラマを「ストレートパノラマ」方式と呼ぶ。35mmフィルムの上下をカットして13×36mmの範囲に撮影するものや、24×65mmといった複数コマの大きさで撮影するカメラも。下の「ノブレックス」2機種は首ふり型。

 

 

■映像体験の10年先(?)を占う特別展


こうした没入感を味わう映像体験は、3Dテレビこそ流行らなかったわけですが、今ふたたびホットな話題になりそうです。アップルの「Apple Vision Pro」に代表されるVRヘッドセットが起点です。最新のiPhoneでは複眼カメラの2つを用いて「空間ビデオ」と呼ぶステレオ映像を撮影できます。「ニンテンドー3DS」が裸眼立体視できるディスプレイを搭載していたように、VRヘッドセットというアウトプットを見据えているからこそ搭載できる機能でしょう。

 

また、これからのVRヘッドセットでは、画角の広さや立体感のみならず、明るさのリアリティを高めるHDR、左右の耳にイヤフォンを装着するだけでサラウンド感のある音を楽しめる「空間オーディオ」技術も相まって、更なる没入体験に進化することは間違いなさそうです。

 

この特別展のコンセプトに立ち戻っても、映像体験の究極とは「人間の視覚に近づける」ことであり、ここに挙げたようなカメラやビューワーを通じて、人間は立体感や没入感を研究してきました。まさにこれから多くの人にとっても“映像体験=平面ディスプレイの一枚画”から飛躍するかもしれないタイミングで、こうした示唆に富む特別展が企画されたことに敬服しました。

 

 

 

 

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