Photo & Culture, Tokyo
コラム
top コラム謎のカメラを追う第一話 gakken ES35C[前編]

謎のカメラを追う

第一話 gakken ES35C[前編]

2026/01/01
佐藤成夫

筆者の過去の連載では比較的マイナー好みというか、少なくとも現在のカメラ趣味においてメインストリームではない機材ばかりを取り上げて論じてきた。だからというわけでもないのだが、筆者のカメラ趣味者としての活動においてもう一つの柱となっているのが、そもそも世の中に出ていなかったりまったく知られていないカメラについての調査活動である。
 
他の多くの製品と同様カメラも工業製品であり商品なので、時期を逸してしまったり十分な機能や性能が実現出来ない、あるいはコストダウンの目処が立たない等の理由によってお蔵入りしてしまう製品も存在する。そうしたカメラは展示会等に展示されてそれっきりになったり、あるいはメーカーのイベント等で試作機として公開されることもあるが、ほとんどの場合はどのような形であっても世の中に出ることはない。また幸運にも少数世の中に出た場合であっても販路やブランドの違いからほとんど知られていないといった製品もある。
 
しかし、どういうわけかそのような未知のカメラがオークションや中古店の店頭に流れ着いてしまうこともあり、それを見た多くの人の頭を悩ませるのである。こうした未知のカメラというのが、すなわち本稿で取り上げるような謎のカメラたちである。筆者も実際にいくつかそのようなカメラを保有しているため、独自に調査を実施している。
 
ただ、なにせ世の中に広く出回らなかったものだけに情報が少ない(あるいはまったくない)。よってこうしたものに関してはこうした記事で取り上げ、世の中に広く公開することで更なる手掛かりを得ることが出来るのではないか……という思いもある。
 


 
 
そんなわけで、今回取り上げる謎のカメラは筆者が最近になって入手した「学研(gakken) ES35C」である。もちろんこの名前でweb検索をしても詳細はちっともわからない。何故なら発売された形跡がないからだ。そんなカメラについて現在筆者が調べて判明していることを中心に述べていく。というわけで、このカメラを見た時にまず最初のツッコミどころになるであろうポイントはおそらくメーカー名が学研というところだろう。学研といえば出版社としてのイメージが先行するし、このようなカメラを作っていたという話も聞かない。ただ、学研とカメラというのは一見結びつかないようでいて実は関係が深かったりする。
 
例えば現在も発行が続くカメラ雑誌であるCAPAは元々学研が発行していたものだし、またそれ以外にもかつて発行していた○年の学習・科学といった子供向け雑誌の付録としてカメラが付属していたこともあった。インターネット上で同社が公開しているふろくギャラリーからも、この手の付録としてカメラが定番化していたことがわかる。
https://www.gakken.jp/campaign/70th/furoku/
 
そしてこの系統の末裔が、2009年に大人の科学マガジンの付録として発売されたgakkenflexなる二眼レフの組み立てキットであり、この大人の科学マガジンシリーズがヒットしたのを覚えている方も多いのではないだろうか。
 
……とはいえ、これら付録カメラは元々が学習用途を意識している上に、付録であるから当然コスト面の制約からかプリミティブなものであり、現代で言えばトイカメラに近い扱いをされるシロモノであった。
 
ところが、現在筆者の手元にあるES35Cはそのような付録カメラとは一線を画した金属筐体のコンパクトフィルムカメラである。これが雑誌の付録カメラだとは到底思えない。一体このカメラは何なのだろうか。
 
 
 
というわけで、次はこのカメラの外観について述べていく。サイズは幅約107mm・高さ約74mm・奥行約60mm。ボディ色は黒で、軍艦部カバーは一部塗装が剥げて金属地が見えている。カメラの正面には銘板があり、そこに刻まれた「gakken ES35C」というのがこのカメラのモデル名だと思われる。レンズの周囲には「SUPER NEOKOR JAPAN 1:2.8 f=35mm」の表示があり、他にカメラの外装にシリアル等の刻印はない。正面の銘板脇にはCdSらしき丸い小窓がある他、底面には電池のフタがあり、また背面には「BAT.」と刻まれたオレンジ色のボタンが付いている。おそらくはバッテリーチェックボタンだろう。その一方で軍艦部のダイヤルはシャッタースピードダイヤルではなくASA/DINの表記のある感度設定ダイヤルであることから、このカメラはおそらくプログラムシャッター式のEEカメラであると思われる。現状筆者の手元の個体は裏蓋開放スイッチが(入手時点から)破損しているが、裏蓋自体は問題なく開けることが出来、フィルムレールも金属製のわりとしっかりしたカメラであることが分かる。特徴的なのはパトローネ室に貼られた滑り止めゴムだが、ゴムパターンを見る限りではこれは本カメラのピントリングに貼られたものと同じであるようだ。またこのようなダイヤカットのゴムパターンは様々なカメラに用いられているため汎用品であると思われる。
 
 
 
そのレンズ側だが、レンズは無限遠から1mまでの記載があり、また同時に人と山のアイコンがある。そしてこの4つのアイコンに対応するのか、レンズにはクリックが四カ所設けられている。ただし本個体では無限遠に突き当てた際に指標が真上ではなくズレた位置で止まるようになっていて、これが元々想定していた仕様なのかそれとも何らかの組み立てミス等でこうなっているのかは分解していないため不明である。
 
 
 
さて、こうなると気になるのはファインダーだが、これが少々腑に落ちない。というのも、本機のファインダーには何故か右下に大きな張り出しがあり、視界の一部を塞いでいる。またブライトフレームはあるもののレンジファインダーというわけではなく、ファインダー内でピントを合わせる機構はない。ピントリングのクリックからファインダー内にピントを合わせる機構のない目測カメラであること自体はそれほど不思議ではないにしても、ファインダーに邪魔な張り出しを設ける理由はサッパリわからない。これがないと成立しない機構が入っているようにも思えないのだ。いずれにせよ、EEカメラかつアイコン式のピント調整ということでそれほど高機能なカメラではないが、かといってパンフォーカスに単速シャッターという最低限の安物というわけでもなさそうである。
 
また、ホットシューには三カ所の接点と思わしきピンと、意味ありげに穴が開けられている。ただ、分解せずに穴からつついてみた限りではこの穴の先にスイッチ等はなさそうなのでこれらの接点についても本当に稼働したのかは定かではない。一部のカメラには専用ストロボの装着をメカニカルなスイッチで検知してフラッシュマチックに自動設定するものなどが存在したが、このカメラがそうであるかは分からない。接点がある以上専用ストロボを想定しているだろうが、単なる抜け止めとして用意された可能性もある。もっとも、この接点に見えるようなものも実は単なる固定用のリベットであり、接点としては機能していないという可能性もある。これは分解しないとわからない。
 
さて、実のところ筆者はこのカメラの実機を入手する前からこのような学研ブランドのカメラが存在するということだけは先に知っていた。それは何故かというと、1981年に発行されたカメラデザイン登録集という書籍にこのカメラに非常に近いものが掲載されていたからである。

 

……とはいえ、ほとんどの読者にとってカメラデザイン登録集と言われてもピンと来ないと思われるので、それはそもそも何なのかという話になるのだが、この為にはまず戦後のカメラ工業についての説明が前提として必要になる。
 
戦後期の日本においてカメラは輸出による外貨獲得の花形であったものの、1950年代頃は各種権利に対する認識も甘く、また各種海外製先発品をお手本としていたことも多かったためいわゆるパクリ製品も横行していた。このため輸出を拡大する中で海外製の模倣品と見做されるというトラブルも頻発することになった。スチルカメラにおいてはベビーローライとヤシカ44の類似であったり、ハッセルブラッドとゼンザブロニカの類似に関するクレームが有名であるが、最初に問題になったのはこれらではなく当時のベルハウエル製の8mmカメラに対するコピー品問題であったらしい(1955年頃)。
 
これらのトラブルを受けて日本側としても係争の回避とデザインのオリジナリティを確保すべく、一般の意匠登録とは別にカメラを含む特定の輸出向け品目については新たに設立された日本機械デザインセンターでデザインの認証が義務づけられることとなった(1959年 輸出品デザイン法制定及び日本機械デザインセンター設立。ただし1997年に輸出品デザイン法は廃止)。つまり第三者からコピー品ではないと言うお墨付き(認証)を得てから輸出に進むという流れである。そして、予めデザインを登録することでその都度の認証を省くこともできた。こちらは義務とまではいかなかったようだが、それでも多数のカメラのデザインが登録されている。これらの経緯から、カメラについてはいわゆる意匠登録とは別にデザインの申請記録……つまりそのカメラがどのような形なのかを記録した資料が残っているのである。これがカメラデザイン登録集である。
 
ただ、そうは言ってもこのカメラデザイン登録集という資料はその名の通りデザインが登録されたことを示すだけの資料のため、そこには登録時に申請された社名と申請日、それに写真が一枚あるだけとなっており資料としての有用性にも限界がある。本来は六面写真の提出が必要だったらしいが、紙幅の関係から写真ないしイラスト一枚しか掲載されていないのだ。


しかし、そうは言ってもこの本にしか掲載されていない謎のカメラも多数収録されているためマニアにとっては面白い資料である。もっともこの本、特定機関の内部資料的な扱いでありもちろん広く本屋に並ぶようなものではなく、以前は知る人ぞ知る資料だったのでカメラ博物館の図書室など限られた場所で閲覧する他になかった。だが、現在は国会図書館デジタルコレクションで無料で読むことが出来るようになった。ちなみに国会図書館デジタルコレクションにはこの他にもカメラ関係の書籍が多数デジタル化されている。
 
説明が長くなってしまったが、こうした背景から相当数の日本製カメラがこの資料には掲載されており、その中の一つに学習研究社(学研)が申請したこのカメラも含まれているのである。ちなみにこの資料において学習研究社が申請した機器は複数あり、その中には学習用カメラと思わしき変わった機構が付いているデザインや、スライド機器などもあるが、いわゆる普通のコンパクトカメラは本機だけである。
 
 
 
この記録によれば、このカメラは昭和45年(1970年)4月に申請されており、銘板がgakkenロゴのみであることを除けば手元の実機とほとんど同じように見える。
 
さて、筆者は別のカメラの調査をしている際にこのカメラデザイン登録集も資料として使用しており、その際に非カメラメーカーからの申請ということでこの学習研究社のカメラも印象に残っていた。
 
とはいえ世の中に出たかも疑わしいカメラのため、それ以上は何も分からないだろうとも思っていた。しかしある日SNSを見ているとこのカメラの写真が突然流れてきたのである。実機が現存していたのか! という驚きと共に読み進めると、笹塚の中古カメラ店である近江寫眞機店にてこのカメラを入手したものの詳細が分からないという投稿だった。ちなみにこの記事が掲載されているPhoto & Culture,Tokyoという媒体の運営母体は中古カメラ店の一括検索サイトであるJ-カメラも運営しているのだが、同店はそちらの登録店でもある。
 
近江寫眞機店
https://oumishashinki.com
https://j-camera.net/shopinfo.php?p=oumi&1767059868
 


慌てて連絡を取り、お店の方に経緯を話して調査しているカメラの一つであることを述べたところ、幸いお譲り頂けることになったので今回このように記事にしている。ちなみにその際に伺った話では、このカメラは同店の常連の方が持ち込んだカメラの一つであり、その方もまた蚤の市等でのカメラ集めが趣味ということで、入手経路もそのようなものだろうとのことだった。つまり関係者から直接出てきたものではないということになる。もし関係者から出てきたのであれば色々と聞けることもあったのだろうが、とりあえずその線は潰えることとなった。
 
というわけで、まずは本機の入手に至る経緯とアウトラインを述べてみた。学習研究社というカメラとは無関係の社名が付いているようではあるが、実はカメラデザイン登録集という傍証があること、作られたのは1970年頃であること、2025年になって実機が出てきたこと。
 
そしておそらく、この記事を見た方の中には学習研究社のカメラには見覚えが無くても、レンズ銘のNEOKORという文字には見覚えがある……という方もいるのではないだろうか。その辺りについては次回もう少し突っ込んでみたい。

関連記事

PCT Members

PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。

特典1「Photo & Culture, Tokyo」最新の更新情報や、ニュースなどをお届けメールマガジンのお届け
特典2書籍、写真グッズなど会員限定の読者プレゼントを実施会員限定プレゼント
今後もさらに充実したサービスを拡充予定! PCT Membersに登録する