top 本と展示写真集紹介中平卓馬『火|氾濫』

中平卓馬『火|氾濫』

2024/07/14
髙橋義隆

中平卓馬『火|氾濫』は2024年2月6日から4月7日まで東京国立近代美術館で開催された、同名展覧会の図録である。美術館での展示は2003年に開催された横浜美術館以来であり、2015年に亡くなった後、初の大規模な展示となった。そのため最初期から晩年に至るまでの活動を網羅している。内容としては現時点での調査、研究の成果発表のような展示であり、図録となっている。
 
実際、展示物のほとんどが既存の印刷物であり、本書も同様で掲載されている図版の多くは雑誌や書籍からの複写で占められている。プリントされた写真は中平のキャリアにおいてカラーの縦位置で撮影された晩年の作品と、一部1970年代に撮影されたフィルムから今回用にプリントされたものぐらいだ。だが、この印刷物の展示と複写という形は、中平卓馬を検証するにあたって重要である。
 
中平は写真家になる以前は、新左翼系の雑誌『現代の眼』の編集者であった。そのため退社後にカメラマンを名乗ってからは同誌から依頼され、記事と連動した写真を提供していたことが本書で確認できる。その後も『朝日ジャーナル』や『アサヒグラフ』、『アサヒカメラ』、『映画批評』、『近代建築』、『プレイボーイ日本版』など、雑誌の仕事を中心に写真を発表している。その中平が展示という形で写真を発表した最初の作品は1971年、パリ・ビエンナーレに参加した際に発表した「サーキュレーション 日付・場所・行為」である。
 
「サーキュレーション」で中平が実践したことは、その日に撮影したフィルムを現像、プリントし、選ぶことなく壁面に張りめぐらし、次の日にはそのプリントを剥がして、また同じように撮影と現像、プリントを繰り返す、というパフォーマンス性を含んだインスタレーションであった。写真をタブロー化することを拒否するような試みは、ビエンナーレという権威に対する抵抗だったようにも見える。
 
一度きりの試みという意味で、「サーキュレーション」で実践したことは、この頃中平と親好のあった美術家の李禹煥が分類されていた「もの派」の方法に近いものがある。また今回の展示で再現されていた1976年にパリの画廊で発表された「デカラージュ」にも、その延長にある概念が反映されているように思える。それは写真のもつ物質性というものだ。
 
『来たるべき言葉のために』の頃の写真を振り返ると、強い観念性によって撮影し、構成されていたと思える。この当時の中平は「都市」という言葉をタイトルやエッセイでも用いているが、都市や物質を抽象的に解釈していたように思える。『Provoke』の同人であった多木浩二は建築という具体性に思考を傾け、篠原一男や磯崎新といった同時代の建築家について評論を書いている。その後多木は家具デザインや装飾、それらが作られた歴史と時代へ関心が向く。中平の思考とその後の展開を比較したとき、その歩みは別々にならざる得ないと感じる。また、1968年に開催された「写真一〇〇年展」で多木、中平と共に参加した内藤正敏は、当時東北を撮影する一方で、東京を被写体として撮影し、同時に歴史、民俗学の視点でもって、江戸から東京に至る都市の変遷を考察してきた。
 
多木、内藤の足跡と中平の活動を比較したとき、中平の抽象性が際立ってくる。彼が撮る都市は、濡れた歩道や染みで覆われ、罅の入った壁面など、いわば街の中にある傷跡だ。傷は全体でなくディテールである。この細部に反応する感性は詩人のそれに近い。中平は多木や内藤のように歴史や民俗といった幅のある視点ではなく、あくまで「私」の視点であったことに改めて気付かされる。
 
そう考えたとき、多木浩二の言説を読み直し、内藤正敏の写真だけでなく民俗学者としての言説も含め再評価することによって、中平卓馬という写真家の輪郭が、より陰影濃く深まっていくのではないだろうか。

 

『中平卓馬 火|氾濫』展覧会公式カタログ
仕様:A4変形、ソフトカバー
ページ数:496ページ
発行:ライブアートブックス(大伸社グループ)
価格:3,500円(税込)

 

【関連リンク】
https://www.momat.go.jp/exhibitions/556

関連記事

PCT Members

PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。

特典1「Photo & Culture, Tokyo」最新の更新情報や、ニュースなどをお届けメールマガジンのお届け
特典2書籍、写真グッズなど会員限定の読者プレゼントを実施会員限定プレゼント
今後もさらに充実したサービスを拡充予定! PCT Membersに登録する