top 本と展示写真集紹介『安井仲治作品集』

『安井仲治作品集』

2024/06/05
髙橋義隆

『安井仲治作品集』は2023年から2024年にかけて、生誕120年を記念して巡回された展示の公式図録である。同時に現時点における写真家・安井仲治の検証成果となっている。
 
安井仲治は1903年大阪生まれ。実家は安井洋紙店で裕福だったという。詳しいことはわからないが、その店名から察して海外の紙を扱う卸屋、商店だったのかもしれない。1903年は明治でいうと38年。前年の1902(明治37)年に日露戦争が起こっている。亡くなったのが1942年つまり昭和17年。太平洋戦争の勃発直後に亡くなったことになる。安井が生まれてから亡くなるまで、彼の生涯には戦争という時世が背景にあった。
 
年表を見ると1918年に初めてカメラを手にして、1921年に家業を働く傍ら写真活動も本格化する。安井は生涯アマチュアカメラマンであった。写真の表現方法を実験的に行う一方で、社会の動向にも目を向け、身近な世間にも反応していた。前者は「凝視」に代表されるようなコラージュや「山根曲馬団」に見られるトリンミングを用いた作品であり、後者はスナップの方法でメーデーの模様を撮影した「唄う男」やナチスの迫害から逃れて一時的に神戸に降りたユダヤ人を撮影した「流珉ユダヤ」に現れている。
 
この頃、日本は中国を侵略し、1931(昭和6)年に満州事変が起きる。1932(昭和7)年に満洲国の建国を宣言するが、国内では5・15事件によって犬養毅首相が暗殺される。1936(昭和11)年に2・26事件、1937(昭和12)年には盧溝橋事件をきっかけにして日中戦争が勃発する。そして1941(昭和16)年12月8日の真珠湾攻撃から太平洋戦争へと至る。
 
安井は直接戦争の現場に関わったわけではないが、彼の鋭敏な感性は世界の緊張状態に反応し、その感覚を写真行為へ昇華していたのではないだろうか。こうした時代状況にあって画家・熊谷守一のポートレートを1939年頃に撮影しているが、安井が熊谷の絵を高く評価し、個人的な関心から撮影したことを本書で初めて知った。きな臭い世の中で写真を撮ることに確固たる意志を持ち、自らの美意識を信じてきたことが本書から伝わり、安井仲治という写真家を再発見した。

 

余談になるが、クリストファー・ノーラン監督作である映画『オッペンハイマー』で取り上げられた物理学者・ロバート・オッペンハイマーは1904年生まれである。国は違うが安井仲治とほぼ同年代である。無論ふたりに接点はない。オッペンハイマーが原子爆弾の理論を発見し、製造したことはよく知られた事実だが、20世紀初頭に生まれ、国籍、仕事の領域は異なるが感性と才能に恵まれた人間が時代の波に翻弄されることを思うと、歴史とはときに残酷なものであると感じ入る。

 

  • 『安井仲治作品集』
  • 発行:河出書房新社
  • 編:兵庫県立美術館、愛知県美術館、東京ステーションギャラリー、一般社団法人共同通信社
  • 発売日:2023年10月14日
  • 仕様:B5変形、352ページ

 

【関連リンク】
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309257235/

関連記事

PCT Members

PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。

特典1「Photo & Culture, Tokyo」最新の更新情報や、ニュースなどをお届けメールマガジンのお届け
特典2書籍、写真グッズなど会員限定の読者プレゼントを実施会員限定プレゼント
今後もさらに充実したサービスを拡充予定! PCT Membersに登録する