top 本と展示写真集紹介小松浩子『Channeled Drawing』

小松浩子『Channeled Drawing』

2024/03/25
髙橋義隆

小松浩子の作品といえばロール紙のまま天井から床上まで広げたり、巻いたままの状態で提示するなど圧倒的な量感で展示する姿勢で知られる。『Channeled Drawing』は一転、額装された白と黒の対になるミニマルな作品で構成されている。本作は地面をフロッタージュした紙と、その紙をフォトグラムにて写真に転化させている。余白部分には、緯度経度・年・手法/被害者数が印字(Stabbing/Three victims〈刺殺/3名死亡〉)されており、フロッタージュされた地点は殺人事件現場跡であることが示されている。
 
ちなみにフロッタージュ(frottage)とは、 シュルレアリスムで用いられる技法の1つである。フランス語の 「frotter(こする)」に由来する。木(の板)、石、硬貨など、表面がでこぼこした物の上に紙を置き、例えば鉛筆でこすると、その表面の凹凸が模様となって、紙に写し取られる。このような技法およびこれにより制作された作品をフロッタージュと呼ぶ。
 
殺人事件のなかでも、とくにシリアルキラーに興味があると語る小松は、道徳的に否とされる行為に駆り立てられてしまう衝動の奥にあるものへの関心が制作動機であると述べている。暴力的な絶命は負の記憶のはじまりであり、加害者と被害者は表裏一体の関係性といえる。作品となったミニマルな表象からいくつもの事件に至った経緯、その結果として殺人という極限行為、そして現場となった場所の地面をなぞることによって、痕跡を物質化する。
 
殺人について考えてみたい。人が人を殺すという行為はある意味最大の禁忌である。映画や小説など虚構の世界で人が安易に殺される場面は作られるが、実際の殺人行為はもっと混乱し、理性を失った状況であろう。殺す側は見境がなくなり、殺される側は逃れるため必死のはずだ。刃物や鈍器などで殺す場合、被害者の傷から夥しい流血が生じ、皮膚からは汗や脂も滲み、生ぬるい液体が加害者に飛沫する。被害者は尋常でない声で助けを叫び、その声音が加害者の気持ちを焦らせ、やけくそ気味に相手に向かって凶器を振り下ろす。その光景は酸鼻を極め、醜悪だ。鉄分を含んだ血の匂いと体臭が混じり鼻孔を刺激する。叫び声が聞こえなくなると、次に荒い息遣いだけが響く。それが自分の呼吸であることに加害者は気付く。息していることすら忘れてしまった。目の前には人型が倒れている。周囲に広がる血は赤くなく、どす黒い粘着物のように地面を浸食する。
 
修羅が去った場所で小松浩子は地面に見つめ、紙を置く。それはまるで儀式のように静謐な行為ではないかと想像する。一見するとこれまでの手法から大きく異なるかのように見えるが、その方法論は従来の延長にあることが伺える。小松は媒介物を通して可視化し、記憶と記録を反復することで、視覚だけでなく五感を挑発する。

 

  • 小松浩子『Channeled Drawing』
  • Published by Man Cave, 2022
    Edition 300
    Japanese/English
    21x15cm
    32plates
    b&w
  • 価格:3,500円

 

【関連リンク】

https://igpg.theshop.jp/items/68513335

 

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