タイトルにある『フナバシ』は、千葉県船橋市のことをさす。千葉県の西側に位置する船橋市は、市川市を挟んで高度経済成長期に東京のベッドタウンとして発展し、現在に至る。本書に収められた船橋の風景は1980年代が中心である。これは作者である北井一夫が当時、船橋で生活していたという理由もあるが、結果的に生活の足跡が時代の記録になっている。
1960年代に北井が撮影していたのは学生たちの政治運動であり、成田空港建設を反対する三里塚闘争であった。その後『村へ』に象徴されるように地方の風景を求めて日本各地を歩いた。1970年代を迎えると、日本の経済発展はうなぎ登りとなる。首都圏を中心としたインフラの拡張範囲が広がり、宅地造成が盛んとなる。千葉県船橋もまたその対象として畑や雑木林を更地にして団地や建売住宅が建設されていった。
こうした時代の推移もあって北井は船橋市に居を構えたが、写真を撮ることは忘れなかった。一見すると『村へ』のような叙情性が失われたように思えるが、それは見る側の思い込みであろう。北井のまなざしは目の前にある時代のありようを素直に捉えており、パーソナルなドキュメントとして成立している。同時に慌ただしい60年代から沈静化し、成熟へ向かう1980年代を記録した歴史の断片となっている。その後バブル期という経済の最高潮を通過し、崩壊と絶望の只中にある現在へと至る。
1980年代の風景もすでの過去のものとなり、現在の光景からまた大きく変化しているであろう。振り返るとここに写された風景の時代が、20世紀の日本にとってもっとも幸福な頃だったのかもしれない。
なお本書は2023年12月に船橋市民ギャラリーで展示された際にあわせて刊行された。
【関連リンク】
https://funabashi-virtual-museum.jp/exhibition/new_exhibition/new_exhibition/
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