巻物という形状は現在では滅多に見ない。だからこそこの形での印刷物は新鮮だ。
日本においてイメージとメディアの形を振り返ったとき、巻物という形式は馴染みのあるものだ。とくに絵巻物は歴史学や民俗学の分野において重宝され、書かれた時代の様相や風俗を知るに最適な資料である。
室町時代の僧侶である一遍を描いた絵巻物には、彼の人生と同時に当時の生活状況を伺い知ることができる。後世の誰かが一遍という特異な僧侶(師)の生涯を残そうと思って描いたのかもしれないが、言葉でなく絵というのが興味深い。当時の仏教僧が扱う言語は中国由来の漢文であろう。これにはある程度の学習と教養が求められる。多くの民衆にはそこまでの読解力はなかったはずだ。だから僧侶は各地を歩き、平易な言葉でもって仏教の教えを広めてきた。中には面白おかしく話したこともあるだろう。一遍は踊りながら念仏を唱えた。小難しい講釈を垂れるより、踊り歌いながら念仏を唱えれば、内容の是非はともかく、これを聞いた民衆も一緒になって踊り歌ったかもしれない。
鳥獣戯画もそうだが、巻物はマンガ的でも映画的でもある。デジタルカメラがあたり前の今にあって、フィルムそのものがすでに過去の遺物になっている。フィルムもまた巻物であり、かつての映画はリールに巻かれたフィルムが回転し、連続するコマがスクリーンに映されていた。物質的な側面から見れば、映画とは回転するフィルムのことだったともいえる。
『APPEAR』で表現されている写真は感覚値の高い、刹那的なイメージで構成されている。中世の絵巻物のような直接的な物語性はないが、一見関連性のないイメージ同士が並ぶことで、異化作用を起こし、見る者の想像力を刺激してくる。作家および作品に関しては巻末で伊藤貴弘氏(東京都写真美術館 学芸員)が書かれた解説が優れており、筆者のような凡庸ものが口を挟む余地はないので、ぜひ最後まで捲ってお読みいただきたい。
- 鈴木敦子『APPEAR』
- 価格:3,850円(税込)
- 発行:edition.nord 2023年
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