タイトルとおり都内各所の駅を撮影した内容である。モノクロで撮られているが、全体的に薄暗いトーンで統一され、どことなく不穏な空気が漂っている。駅といっても作者の視線は駅を構成する細部に注目し、ホームだけでなく高架下や柱、壁面をつたうパイプ、鉄橋などが選ばれている。いわゆる鉄道写真のようなフェティシズムはなく、虚無感のような気配を感じる。
駅には無数の人が行き交う。人がもっとも集中する場所ともいえる。通勤や通学であれば見知った人の顔を見ることもあるだろう。だが親しくはないただ顔を知るだけの人という存在があるのも、駅という場がもたらすある種小さなドラマが生まれる空間でもある。
コンクリートと鉄で構成された空間は、なんとなく見えない暴力性を感じる。東京都内であればなおさらだ。駅のホームに電車がやってくる瞬間ほど、機械の暴力性が剥き出しになる。利便性と危険は紙一重だと実感させられる場所でもある。
小林秀雄がアンリ・ベルクソンについて書いた『感想』の冒頭、当時は国鉄だった総武線水道橋駅のホームから転落したときのエピソードが書かれている。当時酒に酩酊していた小林は一升ビンを抱えたまま線路に落ちたという。このとき体は無傷でビンも割れずに済んだという。小林は直感的に亡くなった母が自分を救ってくれたと感じた。この経験からベルクソン論へと入るわけだが、本書は未完のままとなり、生前の刊行は許されなかった。
駅から話が逸れたが、小林が駅で経験した転落がなければベルクソンについて思考を巡らすことはなかったかもしれない。そんなことを思いながら『駅』にある写真を見ると、場所が人に何か啓示を与えるきっかけになるのかもしれないと、ふと思った。
- 篠田烈『駅』
- 発行:2022年12月10日
価格:4,000円+税
サイズ:B5変型
造本仕様:上製本
総頁数:104
作品点数:72点
発行部数:400部
編集発行人:大田通貴
装幀:加藤勝也
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