1972年に刊行された『写真よさようなら』の普及版である。2000年代以降に幾度か判型やデザインを変えて再刊されているが、今回はオリジナルに近い造本である。いまさら説明する必要もない作品集なので、刊行当時の背景について触れてみる。
本書のオリジナルを刊行した写真評論社は写真家・評論家の吉村伸哉が経営し、『季刊写真映像』という雑誌を刊行していた。この雑誌の編集を担当していたのが桑原甲子雄であった。『季刊写真映像』が10号で休刊すると、予告として『写真よさようなら』の刊行告知があり、今後は雑誌ではなく、写真集を発行していく旨のことが述べられていた。ちなみに『季刊写真映像』の10号は朝倉俊博特集号で、誌面はほぼ朝倉の写真で占められていた。結果的に『写真よさようなら』を刊行後、写真評論社は経営を終えてしまい、写真集の刊行は1冊のみとなった。
復刻版である本書のあとがきにもあるが、『写真よさようなら』の編集は桑原甲子雄が行った。使われなかったネガや漏れたカットを選び、プリントもラフに行い、それらの写真を桑原に預け、アシスタントの編集者とともに作業を行ったという。
1913年生まれの桑原甲子雄は現在から見れば写真家として認知されているが、当時は編集者として知られていた。上にいた木村伊兵衛や土門拳とも仕事をし、幼なじみに濱谷浩がおり、少し下の東松照明や細江英公、さらに森山大道、荒木経惟らといった世代の写真家たちとも仕事をしてきた。戦前から戦後にかけて日本における写真を取り巻く状況を体感し、時代によって変化してきた写真表現のありようを傍観してきたといえる。実際、桑原はエッセイ集を出しているが、これを読むと実感として伝わる。
森山が意図した方向性を汲んで、的確に編集の形に落とし込んだという意味で、『写真よさようなら』における桑原甲子雄の貢献は大きい。いまもこうして甦るということは、森山の写真の膂力はもちろんのこと、桑原の慧眼にある種の普遍性があったということであろう。
- 森山大道『写真よさようなら』普及版
- 発行:月曜社
- 刊行年月:2023年9月
仕様:B5判変型、並製、316頁、257×182mm、背幅25mm、800g
価格:4,500円(税別)
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