今年で生誕100年となる大辻清司。節目ということもあってか武蔵野美術大学で「大辻清司 眼差しのその先 フォトアーカイブの新たな視座」の開催や、瀧口修造、阿部展也、牛腸茂雄とともに展示で紹介されるなど、大辻に対する振り返りが多い。そうした中『大辻清司実験室』が刊行されたのは、良いタイミングともいえる。
本書は『アサヒカメラ』1975年1月号から12月号まで連載されたもので、写真と文章で構成されている。タイトルにある通り実験的な試みで、身近なモノを撮ることから始まり、スナップから予期せぬドキュメント風の写真、親好のある美術家のポートレート、最後は自宅の解体で締めくくられる。ちなみに跡地に建てられた家は篠原一男の設計で、竣工直後の建物を多木浩二が撮影している。
個人的にはスナップ写真が興味深かった。大辻の門下生には新倉孝雄や牛腸茂雄など、スナップを積極的に撮影してきた写真家が多いが、これまでの大辻の作品は限られた空間で対象物を被写体にして丹念に撮影する、という趣きのものが多い。本書でも1回目である「たんなるモノ」にその端緒が見られる。「なんでもない写真」「なりゆき構図」といったタイトルの回では街中でのスナップを掲載している。タイトルからしてどことなく偶然性を求めて撮影していたのではないかと察する。
「なりゆき」と名付けているが、その構図はよく計算されている。空間にある建物、道、そして人の配置は絶妙であり、偶然とはいえ図ったかのように画面に構成されている。だからといって構図で固められたものではなく、偶然性を装いつつも軽さがあり、それが見ていて心地良い。
文章はエッセイ風で軽妙だが、品性があり、教育者としての大辻の姿が垣間見られる。彼の元から多くの写真家が育ったが、教え子から批評家が出てこなかったのはなぜか、そこがふと気になった。
- 『大辻清司実験室』
- 出版社:東方出版
発売日:2023年9月4日- 判型:182×9×257mm、88ページ、単行本(ソフトカバー)
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