top 本と展示写真集紹介深瀬昌久『私景』

深瀬昌久『私景』

2023/09/22
髙橋義隆

『私景』に収められた作品は、深瀬にとって晩年期に作られたシリーズとなる。1992年にニコンサロンで展示され、その後不慮の事故により記憶障害となり、写真家としての活動が途切れた。そのためか「私景」シリーズは一部が印刷となって発表されることはあったが、今回はじめてまとまった形で公のものとなった。
 
『私景』で一貫しているのは、深瀬自身の顔なり体の一部を写真の中に登場させていることだ。いまでこそ「自撮り(セルフィー)」という呼び方で、自分自身にカメラを向けることは珍しくないが、深瀬が実践していた80年代から90年代初頭にかけては、一般には普及していなかったであろう。深瀬の自撮りにはある種のユーモアがあり、どこか諧謔さがある。「私景」以前から例えば「洋子」や「家族」にも、深瀬の写真にはユーモアさがあった。「サスケ」にも顕著だ。だが同時にその背後に深い闇が潜んでいることは、深瀬の写真を見てきた人であれば、誰もが気付いているであろう。『私景』もその例に漏れないが、その質感は従来の作品とは異なる印象がある。
 
この頃、冗談で死亡通知のハガキを作ったり、前述のように馴染みだったゴールデン街の店の階段から踏み外して事故にあうなど、そうした結果を踏まえているから見てしまうのかもしれないが、それだけはないような気がする。
 
これまでの『鴉』や『父の記憶』は狂気を抱えながらも、それをコントロールする冷静な視線が介在していたように思える。しかし、「私景」になると破壊衝動に駆られ、その感情を制御しようと自身を写すことでこの世界に自分がいることを確認し、精神状態を保っていたように察する。ユーモアも過剰になると、段々と引き攣ったような笑いになる。
 
『私景』が出版されたことは喜ばしいが、本作を深瀬昌久の入口としてはハードルが高い。まずは東京都写真美術館で展示された際の図録などで全体像を把握し、いまでは入手しやすくなった『鴉』や『SASUKE』に触れてから『私景』に至ってほしいと思う。いきなり本作から深瀬の作品に触れると、ちょっと毒にあたってしまうかもしれない。
 

  • 深瀬昌久『私景』
  • 発行:赤々舎 
  • サイズ: H190mm × W240mm
    ページ数:192 pages
    仕様:Hardcover
  • 価格:5,000円(税別)


【関連リンク】
http://www.akaaka.com/publishing/books/MASAHISAFUKASE-PrivateScenes.html

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