top 本と展示写真集紹介北井一夫『ドイツ表現派紀行』

北井一夫『ドイツ表現派紀行』

2023/04/26
髙橋義隆

本書のあとがきによると、北井一夫はツァイトフォトサロンのオーナーであった石原悦郎氏(故人)と『村へ』の次に何を撮るかという話しをしてきたときに、「『村へ』とはまったく違うがドイツ表現派の建築はどうだろうか」と、提案されたという。「村へ」からなぜドイツ表現派の建築になるのか、その間の経緯はわからないが、石原氏の天才的な発想が北井一夫をドイツへ導いたようだ。
 
表現主義とは第一次大戦後に登場した芸術流派のひとつだ。それまであった外の世界のイメージを直接描写する印象主義に対し、印象をそのまま対象にするのではなく、外の世界から受けた主観の動きや揺らぎを表現のきっかけとした。そこにはヨーロッパにおける初めての大規模戦争を経験し、実存的な危うさに不安をおぼえ、自分の主観に重点を置くようになった変化が影響している。それは新たな自我の発見ともいえよう。
 
建築におけるドイツ表現主義はガラスやコンクリートといった素材の性質をいかした建築物が多い。代表的なところではブルーノ・タウト「ガラスのパビリオン」やミース・ファンデル・ローエ「ガラスの摩天楼」などがある。またオランダにおいてはアムステルダム派といわれ、レンガ造りによる曲線が特長である。
 
合理的な発想ではなく素材の特長を発揮し、曲線などを多様したのが表現派の建築であり、機能性だけではない造形美をめざしたともいえる。日本でも大正9(1920)年に堀口捨己や山田守らによって分離派が結成され、当時の建築界における新潮流であった。
 
表現派は1920年代末になるとその勢いは衰え、ドイツではナチスによって退廃芸術として排斥されていった。20世紀初頭の文化的ピークに表現主義があったともいえる。
 
それから約60年後、北井一夫は表現主義の建築を求めてドイツ、オランダを旅した。当時のドイツは東西に別れていた。いわゆる冷戦時代である。北井の視線や距離感は『村へ』とも違い興味深い。また東西ドイツを記録したという意味において本書は歴史的な証言でもあり、多面性をもった1冊であるといえる。

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