top 本と展示写真集紹介楢橋朝子『春は曙』(オシリス)

楢橋朝子『春は曙』(オシリス)

2023/03/11
髙橋義隆

楢橋朝子の『春は曙』(オシリス刊)は新作写真集であるが、掲載された写真は楢橋のキャリアにおいて初期の頃に位置している。
 
本書の巻末にある日録を読むと、1989年に撮影を開始した「春は曙」は、同じ年に6回個展を開催している。この年の前半に集中して撮影を行い、後半はプリント、展示という流れで発表していたようだ。グループ展を含めると展示を10回行ったと、本書のあとがきにある。
 
そのあとがきにもあるように、1989年は節目の年であった。日本においては昭和天皇が崩御し、年号が平成となり、消費税が導入され、日本経済は上昇気流を昇っていた。海外へ目を向けると、ベルリンの壁の崩壊が象徴するように共産主義国家が瓦解し始め、中国では民主化を訴える学生たちを中心にした天安門事件が起きた。
 
同じ年の2月、楢橋は九州から沖縄へ行き、4月には東北地方へ向かって写真を撮り続けた。生活拠点である東京でも撮っている。そして4月22日に初めての個展「春は曙」を開催した。
 
それから34年経った2023年、このときの写真が初めて本となってまとめられた。時代はさらに変化していったが、『春は曙』にある写真は時代の変化とは関係なく本の中で息づいている。感性を優先して撮影されたイメージは、見る者を戸惑わせるかもしれないが、その波長が合うとクセになる感覚は、楢橋の写真がもつ魅力だ。後年の「half awake half asleep in the water」を想起させる構図の写真もあり、楢橋がすでに確固たる視線を持っていた証しといえよう。

 

  • 楢橋朝子『春は曙』
  • 出版社:OSIRIS(オシリス)
  • 発売日:2023年2月15日
  • 定価:4800円(税別)
  • ブックデザイン:服部一成
  • 収録写真79点・120ページ・B5変型・上製本
  • http://www.osiris.co.jp/index2.html

 

【出版社より】

1989年、楢橋朝子の旅。写真家としての原点を照らし出す未刊の最初期作品群

本書に収録された写真は、1989年に撮影された写真家・楢橋朝子の最初期の作品群である。
それから34年を経て刊行することとなったこの写真集のために、楢橋は当時展示で発表したイメージだけでなく、未発表のイメージも含めてこの年の写真をあらためて見返し、79点を選んだ。この写真集を編むことは、写真家としての自らの出発点を再訪する作業だったのかもしれない。熊本、博多、那覇、石垣島、竹富島、三宅島、御蔵島、横浜、横須賀、東京、湯沢、八戸、三沢、竜飛や十三湖や小泊など津軽のあちこち......撮影地は南へ、北へ、島々へと広がっている。

 

『春は曙』は現在に至る楢橋のすべての作品のエッセンスを内包しているのかもしれない。とりわけ水辺のカラー作品のもつ、どこか不安定で不確かな、地名性を欠きながらも踏み入った土地の空気を吸い上げていくような感覚、暴力性と繊細さ併せもった感性のいずれをも、1989年の作品は既に宿しているように見える。1989年、昭和は終わり平成となった。天安門事件、ベルリンの壁の崩壊をはじめ、歴史や経済、社会の仕組みが世界のあちこちで揺れ動き、地球規模の気候変動が意識され始めた年でもあった。淡々と、けれども何かに抗いながら作家活動を続けてきた写真家の、最初の歩行を私たちはここに共有する。

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