インベカヲリ★は写真家であると同時に、書き手としてノンフィクションやルポルタージュを手掛け、最近では新幹線車内で起きた無差別殺傷犯を扱った『家族不適応殺』(KADOKAWA刊)や『「死刑になりたくて、他人を殺しました」無差別殺傷犯の論理』(イーストプレス刊)といった、犯罪をテーマとした著作を発表している。
『私の顔は誰も知らない』(人々舎刊)は自身の体験を綴ったエッセイや、取材した女性を対象にした文章などで構成されている。前著が無差別殺傷事件を起こした犯罪者である男性を扱っているのに対して、本書は著者自身を含め女性を主題としている。そして、ここで描かれる女性は、ある種の生きづらさを抱え、社会からの抑圧や軋轢と対峙し、葛藤している。
本書の中で印象的だったのは「普通」という言葉だ。「はじめに」の冒頭、ブックデザイナーがこの本で取材した女性たちがどんな服装をするか? と尋ねたところ、インベは「普通です」と答え、続けて「これを着ておけば普通の人に見られる」服を選んでいると述べている。また取材した女性の中には意識的に「普通を演じている」という人もいた。
彼女たちが必要以上に「普通」であることに執着している先には、普通を強いる視線が存在するからであろう。その視線の主は世間であり、それを形成するのは大多数の男性である。
視線の脅威に晒された女性たちが普通を繕うのに対し、男性は外へ向かって攻撃をする。『家族不適応殺』で扱った殺傷犯である小島一朗は刑務所に収監されるために事件を起こしたという。刑務所に入れば世間とは没交渉となり、彼に向けられる視線はそこに従事する職員ぐらいであろう。他者からの視線を強制的に断絶することしか手段がないとすれば、想像力も含めあらゆることが貧困化していると感じざる得ない。
『私の顔は誰も知らない』は殺人犯を考察した前著と対となる作品である。一見異なる主題であるように思えるが、インベのまなざすものは、写真も含め著作を通して読むと、一貫していることに気付く。
普通であることを纏わざる得ないこの世の中とは、いかなる社会なのか。本書を読みながら歪つな世の中で生きていることを改めて認識させられた。
- 発行:人々舎
判型:四六判
サイズ:縦188mm 横128mm 厚さ220mm
ページ数:380ページ
製本:並製
定価:2,200円+税
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