©Megumi Itaya
日本写真家協会は、2025年第20回「名取洋之助写真賞」の決定を発表した。
- ■2025年第20回「名取洋之助写真賞」発表
公益社団法人日本写真家協会は、新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している40歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の第20回選考会を、過日、山田健太(専修大学教授)、清水哲朗(写真家・JPS理事)、熊切大輔(写真家・JPS会長)の三氏によって行った。
応募はプロ写真家から在学中の大学生までの18名19作品。カラー15作品、モノクロ2作品、モノクロ・カラー混合2作品。1組30枚の組写真を厳正に選考し、最終協議の結果「名取洋之助写真賞」は板谷めぐみ「京大吉田寮~記憶と想起の結節点~」、「名取洋之助写真賞奨励賞」には木村 孝「アマタ―『永遠の街』の肖像」の受賞が決まった。
- ▼最終選考候補者
・宮武 祐希「仮放免の日々 光はどこに」
・高木 嶺「KALASH 暮らしの記憶」
・安田 園佳「小さな命と共に」
・木村 孝「アマタ―「永遠の街」の肖像」
・史 晨白「Red Flowers」
・板谷 めぐみ「京大吉田寮~記憶と想起の結節点~」
■第20回「名取洋之助写真賞」受賞
受賞作品「京大吉田寮~記憶と想起の結節点~」(カラー30点)
板谷めぐみ(いたや・めぐみ)
大阪府生まれ。看護師としてケニアのスラム、スリランカ、インド農村部で国際保健医療活動を行う。退職後、故福島菊次郎に師事。現在は京都大学大学院 人間・環境学研究科 文化人類学分野修士課程で「原爆の社会的集合記憶と忘却」をテーマに研究する傍ら、国内外の戦争体験者や京都大学寄宿舎「吉田寮」の撮影をしている。京都府在住。
▼作品について
現存する日本最古の学生寮である京都大学吉田寮は、対話の精神をもとに自治で運営されてきた。1913年に設立され、太平洋戦争の記憶も色濃く残っている。作者は寮を撮影するなかで、戦死した寮生や当時戦争に加担していく京都帝国大学とその学生に思いを巡らせる。
多くの学生寮が廃寮に追い込まれるなか、吉田寮は廃寮阻止の最前線に立っている。日本社会にとって知の共有財産である大学が、経済や軍事に従属するような道筋をたどっているように思える今の姿に、第二次世界大戦時の大学と寮の歴史を想起させる。「吉田寮」とそこに住む寮生たちの生活を通して大学の在り方を問う。
▼受賞者のことば
受賞を聞き、今は亡き戦争体験者の方々、過去の吉田寮生、そして今を生きる寮生たちに思いを馳せました。吉田寮は裁判関係で報道をされがちですが、その前提として寮生たちの日常があり、学問や研究をしています。その小さな連続が強い力となり社会の違和感を察知できるのだと思います。戦争が続く社会で、身近にも戦争の芽があります。それを見過ごさず引き続き撮影をしていき、また寮生の戦力になることができれば幸いです。
■第20回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞
受賞作品「アマタ―『永遠の街』の肖像」(カラー30点)
©Kou Kimura
木村 孝(きむら・こう)
日本大学文理学部および日本写真芸術専門学校卒業。株式会社角川グループパブリッシング写真室およびスターツ出版株式会社スタジオレイファクトリー勤務後、フリーランスとして独立。2020年よりgallery176メンバー。第2回PITCH GRANT グラント受賞。
【主な個展】
2020年 ライフ・コレクション・イン・ニュータウン / 銀座ニコンサロン(東京)大阪ニ コンサロン(大阪)
2022年 泳ぐセミ / gallery 176(大阪)
2024年 Amata / Kathmandu Photo Gallery(タイ・バンコク)
▼作品について
「アマタナコーン(永遠の街)」と呼ばれるタイの新興工業団地と隣接するニュータウンは、かつて野原だったが、いまでは700以上の企業の工場やオフィスが立ち並び、都市へと変貌している。この街の特質に興味を持った作者は、ランドスケープから撮影をはじめ、2017年からは街の人々を彼らのプライベートルームで撮影している。出稼ぎ労働者や周辺エリアの戸建て住宅に住む家族やその子ども、コロナ後に存在が目立つようになったカンボジアやミャンマーなどの外国人労働者。様々な背景を持つ彼らの姿とパーソナルな空間を通してこの街の「らしさ」、さらには現代アジアの「いま」そのものを表した作品。
▼受賞者のことば
この度は名取洋之助写真賞奨励賞をいただき大変光栄です。タイの新興工業団地とその街に惹かれ、2014年からランドスケープを、2017年から人々とそのプライベートルーム、そして現在はこの街にまつわる人々のマイナーヒストリーに目を向けた作品に取り組んでいます。2023年からはバンコクに拠点を持ちました。ここに生きる人々や、移りゆく「大きな歴史」、それらとの関係性のなかで続けていきたいと思っています。
■2025年第20回「名取洋之助写真賞」総評
熊切 大輔(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会長)
応募作品数は決して多いとはいえないが、内容の濃い、そして個性豊かな作品が集まった。最終的な候補に残る作品は制作物としての完成度も高く「魅せる」ことに関しても内容はもちろん、仕上げも含めてレベルの高いものであった。選から漏れたものの、なかには内容は良いが写真作品としての追い込み不足も多く、総合的な技術力のさらなる向上を期待したいところだ。
そうしたなかで名取洋之助写真賞に選ばれた作品は、板谷めぐみさんの「京大吉田寮~記憶と想起の結節点~」であった。創立から90年が経つ京大吉田寮は学生運動の象徴的な場所であり様々な時代の歴史が積み重なっている。そのなかに撮影者自体が飛び込み現代を生きる学生たちの「今」を生々しく、そしてその重厚な歴史とのギャップを見事に写し出した作品になった。
奨励賞は木村孝さんの「アマター『永遠の街』の肖像」。タイの新工業団地に隣接するニュータウンに住む世代や性別を超えた様々な人々の生活は、どこか無気力さを感じるような現代人の姿が淡々とした距離感で集められている。コレクション的な目線でそれらの人々を撮り集めるのは、根気強い撮影活動の賜物ではないだろうか。
表現や感覚が全く違う二作品の受賞はある意味、新たなドキュメンタリー写真のあり方を考えさせられることとなった。いずれにせよ被写体にじっくりと向き合った力作が受賞したことは、未来への希望となった。
清水 哲朗(写真家・公益社団法人日本写真家協会 理事)
30枚組の本賞は「取材力・写真力・構成力」の差が結果に表れると前回の講評に書いた。テーマに対する答えを持っていない人や取材の浅い人ほどイメージの乏しさや被写体被り、ダラダラとした展開になり、半分以下の作品数でもその内容は描けると感じた。また、マラソンの「30kmの壁」同様、後半失速する人も見受けられた。途中までは良い流れだけに今後の取材と構成次第では傑作になる可能性を秘めている。焦らずあきらめずテーマを完結させてほしい。名取洋之助写真賞の板谷めぐみさん「京大吉田寮~記憶と想起の結節点~」は疾走感があり、文章を読まなくても伝わる写真力と最後まで飽きさせない構成力、被写体との関係の築きかたが他作品とは一線を画していた。背景にある「明渡請求訴訟」も作品に深みを与えているが、時に空気になったりカメラを意識させたり写真家の視点も織り交ぜたりすることで内容に引き込む力があった。大学と寮生との和解が成立した日に本賞審査が行われ、選ばれたのは何かの運命だろうか。奨励賞の木村孝さん「アマター『永遠の街』の肖像」は徹底して人と部屋を撮影することで人物像を表現。作品意図とキャプションを読むことでミニマムな暮らしの先にある夢や目標を感じさせる秀作だ。扇風機の有無が作品の印象に少なからず影響を与えているのも面白い。
山田 健太(専修大学教授)
「いま」という時代の切り取り方には、分断や希望といった抽象的なテーマを具現化するもの、戦争や貧困といった目の前にまさに起こっている事象や問題を追うもの、あるいは信仰とか正義といった自身の内心や問題意識を表面化させたものがあろう。ほかにも、消えゆく文化などをきちんと記録すること自体を目的とすることもあるかもしれない。そうした目で見た場合、名取洋之助写真賞の「京大吉田寮~記憶と想起の結節点~」は仲間意識という内面と大学管理化という外面をうまく織り込みながら、組み写真のなかで物語性をも作り出していて説得力がある作品に仕上がった。一方で奨励賞は、1枚1枚の写真の裏側にあるであろうその人ごとの物語を想像させるに十分で、写真が語るという表現がピッタリだ。今回の受賞者はいずれも中堅に位置する年齢であって、より若い世代に「報道写真=ドキュメンタリーフォト」に魅力を感じトライしてきてほしいと思う。写真は時代の写し鏡であるとともに、自身を映し出すものでもある。ということは、社会的関心や多様な価値観への想像力がなければ、写真は薄っぺらいものになってしまうだろう。付加価値を上げるためにはテクニックが不可欠だ。しかし撮影技術よりも大切なものがあることも知ってほしい。
■授賞式
2025年12月10日(水) アルカディア市ヶ谷
■受賞作品展
2026年1月16日(金)~1月22日(木) 富士フイルムフォトサロン東京
2026年1月30日(金)~2月5日(木) 富士フイルムフォトサロン大阪
【関連リンク】
https://www.jps.gr.jp/2025_natoriaward/
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