日本写真家協会が主催する、第8回「笹本恒子写真賞」の受賞者が西澤丞氏に決定した。
第8回「笹本恒子写真賞」受賞者
西澤 丞(にしざわ じょう)
【受賞理由】
廃炉作業中の福島第一原子力発電所やJAXA(イプシロンロケット開発と打ち上げ)、大規模地下工事現場など撮影許可がおりくい場所で長年撮影してきた姿勢と継続性、作品の完成度の高さに対して
■西澤 丞プロフィール
「見えない仕事を、可視化する。」というコンセプトのもと、大企業から職人さんまで、一般の人が立ち入ることのできない現場を撮影中。コロナ以降は文章にも力を入れ、よりわかりやすい形での発表を行っている。自動車メーカーデザイン室、撮影プロダクション勤務を経て2000年よりフリー。愛知県出身、群馬県在住。
▼主な著書物
「DEMIURGOS」キヤノンマーケティングジャパン
「福島第一 廃炉の記録」みすず書房
「MEGA-SHIP」太田出版
「鋼鉄地帯」太田出版
「イプシロン・ザ・ロケット」オライリー・ジャパン(共著)
「Build the Future」太田出版
「背景ビジュアル資料3」グラフィック社
「首都高山手トンネル」求龍堂
「Deep Inside」求龍堂
■受賞の言葉
誰もやったことのないことをやってみたい。出来ることなら誰も撮っていないものを撮ってみたい。一般の人が立ち入ることのできない場所に行き、まだ見ぬものを撮影するとともに、新たな価値観を提示するのが写真家の使命だと思っていたからだ。ただ、自ら求めたことなのに、道なき道とは、こんなにも大変だったとは…。今回の受賞は、一筋の光明であり、今までの活動が間違っていなかったと背中を押していただいたような心持ちだ。推薦してくださった方、選んでくださった方。そして、私の活動を応援し、関わってくださった全ての方々に、感謝の気持ちで一杯だ。ありがとう!
■お知らせ
授賞式:12月10日(水)アルカディア市ヶ谷(私学会館)
写真展:12月18日(木)~24日(水)アイデムフォトギャラリー「シリウス」
■選評
熊切大輔
西澤丞氏の写真家としての評価は多岐にわたる。まず大きな特徴となるのが独自のテーマと社会的意義である。西澤氏の「見えない仕事を可視化する」というコンセプトで普段、陽の当たらない工業の現場にスポットライトを当てるという圧倒的なオリジナリティあふれる切り口が魅力だ。加えて福島第一の廃炉作業を写すなど単なる工業の現場の枠を超えた、日本の様々な「今」を力強く伝えてくれている。「立入禁止」の現場に深くそしてメッセージ性を込めて、傍観者ではない当事者の視点から臨場感あふれる写真を撮り、現場のリアルを伝えることに成功しているのではないだろうか。そこには感情に流されない中立性が非常に重要なスタンスとなっている。それが記録としての信頼性も担保しあらゆる立場の人間にとって有益な「記録写真」なっているのだ。次世代へ向けた情報の継承に寄与している点は、彼の仕事が単なる芸術表現を超えた社会的影響力を持つことを示している。こうした写真を通じて日本のものづくりの価値を再認識させ、ブランドイメージの向上にも繋がっていることが国際的評価にもつながっているのではないだろうか。誰も見ない場所、見れない場所を魅力的なビジュアルで写しだす。唯一無二の表現は見るものすべての心をつかむものになっている。
野町 和嘉
西澤丞さんの仕事と向き合うきっかけは、2024年12月から翌年にかけてキヤノンギャラリーSで開催された写真展「超現実世界」。先端科学や大規模な工事現場、製鉄の工程など滅多に眼にすることのない現場に肉薄した大型パネル作品の展示だった。一般的に美とは距離のあるはずの現場を見事に撮りきり圧倒的な存在感で提示できている眼力の確かさに先ず脱帽した。またキャプションも的確であり、被写体に対する見識の深さが窺える。20年以上を費やして、先端科学を下支えする、一見無機質なインフラ世界と一途に向き合ってきた写真家の、信念と執念に脱帽させられる気持ちだった。撮影現場の大半は安全上や企業秘密のために厳重に封印されている施設ばかりだ。関係当局との粘り強い交渉を重ねたあげくに、幾重もの関門を通過し、自分だけが立ち得た撮影現場の空気感を確かな視点で捉えている。HPを一覧すると、テーマは、核融合、ロケット、造船所など広範囲に及んでいるが、無機質な被写体を美に昇華する独特の感性を備えていることを納得させられた。長く取り組んできて写真集にもまとめている、福島原発の廃炉作業であるが、さらに困難を極めるであろう終わりなき廃炉工程を、独自の美意識と感性で深掘りされていくことを大いに期待している
佐伯 剛
このたび笹本恒子写真賞を受賞した西澤丞さんは、20年にわたり、この国のインフラ、工業、エネルギー、最先端科学など、私たちの暮らしを支える重要な分野を撮り続けてきた。なかでも、福島原発の廃炉作業を記録した写真は、私たちが直視をためらうほどの現実ーとんでもない現実を、圧倒的な迫力で否応なく突きつけてくる。西澤さんは、自らの写真を「立ち入り禁止」の向こう側の「超現実世界」と呼ぶ。その巨大なスケールの世界は、時に美しく、時に危うい。しかしそれは決して異世界ではなく、紛れもない私たちの現実である。いま、バーチャルと現実の境界が曖昧になり、社会の表層をなぞるだけの写真がプロとアマチュアのあいだに氾濫している。だが、浮世の現象を追いかけるだけでは未来を手繰り寄せることはできない。未来は、見えやすい出来事の表層ではなく、むしろ不可視の「時代の構造」の奥に潜んでいる。そこに迫る表現でなければ、未来を洞察するための扉とはならないのだ。西澤さんの写真が、現実を伝えるだけでなく、未来の可能性と危うさを暗示する力を持つのは、彼の写真を通して、私たちの時代の構造が垣間見えるからにほかならない。
■笹本恒子写真賞について
わが国初の女性報道写真家として活躍された笹本恒子氏(1914~2022)の多年にわたる業績を記念して、実績ある写真家の活動を支援する「笹本恒子写真賞」を平成28(2016)年に創設。選考委員は佐伯剛(編集者)、野町和嘉(写真家・日本写真家協会前会長)、熊切大輔(日本写真家協会会長)(敬称略)。
【関連リンク】
https://www.jps.gr.jp/sasamoto_award-2025/
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