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千賀健史写真集『Hijack Geni』

2024/12/06
髙橋義隆

千賀健史は「happn」(2015)を皮切りに「Bird, Night and then」(2017)、「The Suicide Boom」(2019) と、入念なリサーチに基づいて作り上げた視覚表現を複雑に組み立てながら、貧困格差、自殺などの現代社会における影を革新的な切り口から伝えてきた。

 

本書『Hijack Geni』は、自らの家族がターゲットとなったことをきっかけに取り組み始めた「オレオレ詐欺」がテーマとなっている。

 

2022年に制作された千賀健史のアーティストブックは、作家自らの手によって90部限定で制作され、多くの反響を受け、完売。その後、シンガポール国際写真祭ダミー賞の受賞を経て、韓国の出版社よりIANN Books版の刊行が実現した。

 

『Hijack Geni』
 
水に浸かった紙はあっという間にほろほろと崩れだし、さっきまでそこにあった姿はもう記憶の縁でゆらゆらと変化している。そこにあったのは一体何であったのか。
 
2003年、いわゆるオレオレ詐欺が世の中に知れ渡りだした頃、この犯罪はいわゆる裏社会の人々によって行われていた。それが今や犯罪とは無縁に生きてきた”一般人”がその要ともいえる存在となってしまっている。
 
詐欺といえばそもそも一部の暴力団では、外道の行いとして禁止されていたような犯罪である。それを、”仕事”として行うものが後を絶たない現代社会は極めて異常である。
 
2019年、数々のルポやインタビューを読みながら加害者側の置かれている状況や心理について共感するものを感じながらも遠くで起きている物語として受け止めていたのだが、ある日、両親と話していて母親が特殊詐欺グループのターゲットである事を知ることで、自分の中で被害を受ける者としての矛盾する気持ちが生まれ始めた。
 
2020年、撮影期間中は詐欺グループの一員のような日々を過ごしていた。隠れ家に使えそうなホテル、オフィス、カラオケボックスを巡り、詐欺電話がかかってきている地域をウロウロしたり、コインロッカーからコインロッカーへ荷物を運んでみたり、犯行に必要な道具を買い集めてみたり、高齢者に会いに行ったり、電話をしてみたり、ATMで30万円おろしてみたり。実際に犯罪行為をしているわけでもないのに、やたらと人の目が気になり緊張した事をよく覚えている。何が真実で何が嘘か、段々と分からなくなっていった。
 
2021年、詐欺グループがさまざまな役割を演じるように、自分の顔を元に90名の高齢者と若者の架空のポートレートを作成した。
 
自分であって、自分でないその人物はまるで本当に存在しているようで、彼らの仮名を考えている間にその人物像はますますリアルになっていった。
そうして本作中のイメージを水溶紙に印刷して、溶かし、全て無かったことにしているとなんだか少しホッとした。詐欺グループも証拠隠滅している時はそんな気持ちだったかもしれない。
 
2022年、そうして出来上がった矛盾と嘘の塊が本作である。
 
想像の中で私は加害者であり、被害者でもあったが、現実では第三者である。溶けて見えなくなってしまった彼らを包摂する水だ。ゆらゆらと揺れる私たちの中に見えるものはなんだろうか。
千賀健史

 

  • 千賀健史写真集『Hijack Geni』IANN Books版
  • 発行:IANN Books
    ページ数:612ページ
    サイズ:197mm x 262mm x 48mm
    重さ:2kg
    言語:日英併記
    コンセプト、ストーリーライン、アートディレクション:後藤由美(リマインダーズフォトグラフィーストロングホールド)
  • 販売価格:8,250円(税込)

 

【関連リンク】
https://reminders-project.org/rps/hijackgenisalejp/

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