村上賀子『Known Unknown』がふげん社より刊行された。
村上賀子は、1986年宮城県仙台市生まれの写真家。2012年に武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程デザイン専攻写真コースを修了、在学中は写真家の山﨑博に師事した。2022年に〈Known Unknown〉で第23回三木淳賞を受賞。現在は、東京を拠点として、記憶やアイデンティティーを社会的出来事や環境と相関的に捉えながら、可視と不可視のイメージを交錯させる写真プロジェクトに取り組んでいる。
『Known Unknown』は、作家とほぼ同世代の女性を被写体に、自宅や仕事場など、彼女たちが自然体でいられる場所で撮影されている。中判カメラで撮影されたそれらの写真には、被写体の顔ははっきりと写っておらず、その反面、彼女たちのいる空間や身に纏うものなど風景の細部は鮮明に写されている。
本作の端緒は、2011年の東日本大震災まで遡る。当時、徐々に平時に戻っていく東京で、故郷の惨状への名状しがたい感情に蓋をしながら気丈に振る舞い生活していた村上は、ある出来事をきっかけに、本当は自分が深く傷ついていたことを知り、自分自身の「わからなさ」を、身をもって知ることとなった。
また、計画停電中の自室で撮影したセルフポートレートを一年後に見返した時、逆光でほとんど顔が見えないそれは、鑑賞者と被写体の「見る/見られる」の関係に収束しない、強さと危うさの両面を内包する実存として立ち現れていることに気づく。震災に紐付くこれらの二つの象徴的な体験が、村上が本作に取り組むきっかけとなった。
『Known Unknown』のポートレートは、「もっとも身近な他者は、自分自身」「その身体は、自分があつかう対象でありながら、自分そのものでもある」と作者が語るように、身体の両義性を孕むイメージだ。また、美術史において長らくモデルとして「見られる」存在であった女性が、顔を見せず、「見られる」ことを意識しない、ありのままの状態として写されているという点において、新時代のポートレートであると言える。撮影者と被写体という一方的で非対称な関係ではなく、両者ともが現代社会に生きる女性であることで、二者の間にあるカメラが鏡のように作用し、肖像写真のあり方を、境界線の曖昧な、揺らぎのあるものにしている。
顔の見えない彼女たちに、鑑賞者はいつの間にか親近感を覚える、ということもあるかもしれない。ポートレートを見た時に立ち現れる、自己と他者の境界線の曖昧さ、存在としての不確かさを前にして、彼女たちの肖像をどのように解釈するだろうか。
また写真集には『おいしいごはんが食べられますように』で現代社会における人間関係と心理描写を鋭く表現し、2022年に第167回芥川賞を受賞した小説家・高瀬隼子氏が寄稿している。
■プロフィール
村上賀子(むらかみ・いわうこ)
1986年、宮城県仙台市生まれ。2012年、武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程デザイン専攻写真コース修了。2022年、「Known Unknown」で第23回三木淳賞を受賞。
コンセプチュアル・フォトのパイオニアとして知られる写真家・山崎博氏に師事。記憶やアイデンティティーを社会的出来事や生活環境と相関的に捉えながら、可視と不可視のイメージを交錯させる写真プロジェクトに取り組む。東京を拠点に活動。
主な個展に「Anonymous Danes」ニコンサロン(2024)、「Known Unknown」ニコンサロン(2022/2021)・Gallery TURNAROUND(2022)、「HOME works 2015」トーキョーワンダーサイト渋谷(2015)、グループ展に「『言葉とイメージ』 Vol.3 写真は語る 倉谷卓 村上賀子」Kanzan Gallery(2017)など。
村上賀子『Known Unknown』
発行所:ふげん社
発行日:2024年9月24日
寄稿:高瀬隼子(小説家)
デザイン:山本祐衣
仕様:A4変型(201×250mm)、糸かがり上製本・ホローバック、68頁、図版38点
定価:税込4,180円(本体価格:3,800円)
【関連リンク】
https://fugensha-shop.stores.jp/items/66e6a1a824c2f47d9d2ca00a
PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。