top 本と展示写真集紹介河北友子『沈黙の音』

河北友子『沈黙の音』

2024/07/11
髙橋義隆

河北友子の『沈黙の音』は冒頭、短い言葉の連なりから始まる。他にあるテキストはタイトル、作者、巻末の書誌データぐらいだ。あとは写真だけが展開している。写真集だから当たり前だが、純粋に具体的なイメージの表象だけで本書は成立している。その被写体となっているのは自然、森の中、湖、樹木と樹皮、都市の遠景、雲と空と様々である。ひらたく言えば、シャッターを押す作者が反応した感覚が表出されているようだ。
 
写真は感性の賜だと思う人がいる。それもまた事実のひとつであろう。そこには考えが入る余地はなく、思考を越えた感受性でもって表現される世界だと自負する人もいる。はたして写真に論理的思考は不要なのであろうか。
 
カメラという装置は精密機器である。機械工学でもって設計され、レンズは光学の原理を踏まえて設計される。つまり緻密に組み立てられている。そこには厳密な論理性が求められる。完成されたカメラはある種のフェティッシュ性を持って、カメラ好きな人々から愛でられる。それはまた写真とは別次元の評価である。写真に興味がある人の中には、カメラなんて写ればなんでも良い、と言う人もいる。いずれにせよカメラという機械装置の論理性はここでも無視されてしまう。
 
20世紀の哲学者ウィトゲンシュタインの主著に『論理哲学論考』がある。「世界は論理的空間における事実の総和である」という書き出しで始まる本書は、論理学の方法を用いて世界を解体し、真理を暴こうと試みた。そして最後に至った言葉は、「語り得ぬものに対して沈黙せざる得ない」であった。つまり世界はわからない、ということであろう。論理という思考実験でもって世界の実相を解体しようと試みたが、それでも世界は解き明かせないと、個人的にはそう解釈している。
 
写真は論理的機械から生まれる。そして表出されるイメージは、論理を超越した誰かの手によって導かれる。『沈黙の音』に収められた写真は、河北友子がシャッターを押した瞬間に誕生した。そのイメージを前にして我々は、ただ沈黙せざる得ない。

 

【関連リンク】

https://www.placem.com/schedule/2024/main/20240318/exhibition.php

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