篠田優の『ひとりでいるときのあなたを見てみたい』は、静謐でありながら力強く見る側に訴えてくる。路上の石、冬枯れの木、反対に緑の葉に覆われた木、窓辺の灰皿、朽ちた小屋、カーテン、寝室のような空間と、そのどれもが何気ないものばかりだ。ここから聞こえてくる言葉は静かな語り口調でありながら、無駄のない流麗な散文のような気がする。
本作は2013年から2016年にかけて撮影されたものだという。すでに10年近く前の写真になるが、作者は本書にあるエッセイで「離隔の感を覚えるのも確かだ」と述べ、続いて「写真を見るとおぼろげながらも、フレームの外に広がっていたはずの景色を思い出すことができるような気がする」と書いている。撮影という身体的行為の結果生まれた写真というイメージの物質を見ることで、過去の出来事とそこで起きたことが想起される。つまり写真が記憶を引き出すトリガーとなっている。
しかし写真に自分は写っていない。他者が私を撮影していれば、その時あの場所にいた、という確実ではないがひとつの記録となり、証拠となりうる。だが撮る側は写らない。写真はつねに作者が不在である。あるいは不在の在という言い方が適しているかもしれない。思えば写真は常に作者の存在が見えない。
本作のタイトルはフランスの思想家、小説家であるモーリス・ブランショの『謎の男トマ』の一節から引かれている。ブランショはその姿を表に出すことなく、不在の書き手として小説や批評を発表してきた。ブランショは書く行為は「死の空間を潜る」ことによってしか成立せず、文学とは非人称的な「死」の闇に響くだれのものでもないこことばを世界に送り届けるものであると強調してきた。
ブランショの姿勢を参照にして本作の佇まいを見ると、不在の在である写真が浮かび上がってくる。見る者を静かに挑発する批評性に満ちた作品といえよう。
- 篠田優『ひとりでいるときのあなたを見てみたい』
- 著者:篠田優
- 編集:岡田翔
- 寄稿:岡田翔、松井正(長野県信濃美術館学芸員)
- 翻訳:髙島友希乃、孫沛艾
- デザイン:相島大地
- 発行:paper company
- サイズ:235x186mm
- ページ数:80頁
- 言語:和・英2カ国語表記
- 発行年:2021年
- ソフト上製本
- 価格:3,850円(税込)
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