『遠くから太鼓の音が聞こえる』は作者である多々良栄里の故郷である静岡県焼津市を中心に撮影されている。あとがきによると、藤枝にある酒造会社の社長であり杜氏である方が「藤守にある大井八幡宮境内松尾神社の守護者である酒造総元締役となり、その記録のため神社を訪問した」ことがきっかけとなったという。
毎年3月17日に大井八幡宮では藤守の田遊びという行事が行われる。「大井川の治水と一年の豊作を祈念して、田植えから稲刈りまでの農作業の様子を表す25組の演目と番外で構成される舞が奉納される」と焼津市のHPで紹介されている。五穀豊穣を願う祭祀は現在の観点からすれば、過去のことのように思えるかもしれない。しかし、食材を冷凍保存したりなど、加工技術のなかった時代にすれば、米が育たず、野菜が収穫できないという事態に直面したとき、死が速度をもって近づいてきたはずだ。
本作の冒頭、祭りの場面があるがそれはごく僅かで、その後の展開は日常の時間が記録されている。多くが晴れた日に撮られ、田や畑、川や道端の花などが目に入ってくる。穏やかな光に照らされた世界を見ると、そこに死の影は存在しないように思える。だが死は日常の中にある。祭りの熱狂は生の発露であり、過剰なまでに死を遠ざけようとする。だからこそ死は常に近くにある。
『遠くから太鼓の音が聞こえる』にあるのは生と死の間にある風景であろう。過剰さから離れた風景は一見変哲もなく見えるが、この変哲のなかを慈しむことができるのは才能である。本作のまなざしがそれを証している。
- 多々良栄里 写真集『遠くから太鼓の音が聞こえる』
- 発行:蒼穹舎
- 発行日:2023年9月23日
仕様:500部、A4変型、上製本、カラー、112ページ、作品点数107点
編集:大田通貴- 装幀:加藤勝也
- 価格:4,400円(税込)
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