本作の舞台は岩手県田野畑村。作者はこの村から30kmほどにある岩手県久慈市の生まれ。1981年、田野畑村の明戸地区は原発建設の候補地となったが、地元の女性たちを中心に反対運動を行い、その結果原発の建設が回避された。2011年3月11日、田野畑村の沿岸部は地震発生による津波によって甚大な被害を受けた。「この地区に原発が開発されていたなら、私は帰る故郷を失っていたかもしれない」と作者は書いている。
地震と津波によって打撃を受けた沿岸部、その復興の過程、地元の人、自然、祭り、漁師、灯籠流しなど、田野畑村の光景が展開している。衒うことなく収められた写真は、作者が記録しようとする姿勢が素直に現れているようだ。
かつて西の地域を中心とした時代、東北は辺境の地として見られていた。坂上田村麻呂は征夷大将軍として、東北地方を攻めた。征夷という字に彼らの心意が見えてくる。源頼朝が鎌倉幕府を開いたとき、自らを征夷大将軍と名乗った。これは京にある朝廷に対する対抗意識の表れであろう。
だが為政者たちが東北をどう見ようと、この地には独自の生活があり、文化がある。柳田国男が佐々木喜善の収集した話を元に『遠野物語』を著し、宮沢賢治は豊穣なイマジネーションでもって童話と詩を作った。内藤正敏は山形県で即心仏を発見、遺体の保存状態から東北地方の金属文化を見出し、赤坂憲雄は東北学を提唱し、柳田以降の東北の姿を再発見しようと務めた。
『断崖に響く』にも、東北にある一地域の側面が描写されている。生活は文化であり、地域で生きることは文明の証である。表紙にもある断崖の光景を見ると、地球の原始的な姿を想像させるが、同時に人々は荒々しい地表の上に立って自然とともに生きていることを実感させる。
- 中村千鶴子『断崖に響く』
- 発行:蒼穹舎
発行日:2023年5月23日
仕様:350部、B5変型、上製本、カラー96ページ、作品89点- 価格:3,600円+税
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