本書の写真を見る前に、表紙裏にあるあとがきを先に読んだ。「僕は二度、夏を撮った」という書き出しを読んだ瞬間、この写真集は傑作であると確信した。そして、それは間違いでなかった。
川口翼の『心臓』は、第2回ふげん社写真賞を受賞し、それを元にまとめた作品集である。作者の川口にとって初の書籍となる。「ややマゼンタに傾く壊れかけのカメラ」で故郷を撮った写真を中心に、主題なき主題といった趣きのイメージで構成されている。作者個人の視点で見た世界で展開される様は、私性を軸と写真の系譜に繋がるといえよう。
私性を軸にした日本の写真表現は独特の位置を占めている。源流を遡れば1960年代後半頃に登場した森山大道、中平卓馬、新倉孝雄、牛腸茂雄などが顕著だが、70年代に以降になると鈴木清、原芳市のように外の世界と対峙しつつ、より内省的に対象と接するような写真家が登場した。
『心臓』を見ていくうちに、個に徹した先達の写真を想起しつつも、いまを撮る現在性の感覚が随所に伝わってくる。マゼンタが全体を覆うイメージを見ると、デジタルカメラのもつ色味が強く反映され、かつてのモノクロとは違う質感がある。だからと言ってそれが現在性であるとは限らない。目に入るものすべてを写真に収めずにいられないような、貪欲なまでの欲望に支配されているように感じられた。作者は息をするようにシャッターを押しているのではないだろうか、ふとそう思った。
コンセプト志向が強い最近の写真表現において、自分の欲望のままに忠実に写真を撮り続けている印象のある本作は、写真でしか表現できない純粋なまでの写真的喜悦に満ちた一冊となっている。
- 川口翼『心臓』
- 発行所:ふげん社
- 発行日:2023年6月30日
- 造本設計:町口 覚
- デザイン:清水紗良(MATCH and Company Co., Ltd.)
- 編集:関根 史
- 翻訳:ジョン・サイパル
- 判型:267×210mm・152ページ・ソフトカバー
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