タイトル通りタイの首都バンコクの街をスナップした作品集である。最近、東南アジアを被写体にした作品を目にするたびに、時代の潮流を見ているような気がする。本書でも展開しているような猥雑さと色彩感は、日本にはない光景だ。物質の過剰さ、貪欲に享楽さを求める素直さ、生きることを求めてやまないような感覚が、そこかしこに溢れている。
線路わきで生活する場面を写したものがいくつかある。この路線はすでに廃線なのかもしれないが、レールの上に無造作に物が置かれていたり、子供がしゃがんでいたりと、ほとんど無法状態の感すらある。だがアナーキーな様相でありながらも人の表情は明るく、ある種の秩序が保たれているように思えるから不思議だ。
『ただ悪より救いたまえ』という韓国制作の映画がある。主人公は殺し屋で前半の舞台が東京、後半はバンコクである。東京で最後の仕事となるやくざの親分を処分した殺し屋は、バンコクに住む妻と娘が行方不明になったと知り、現地へ向かう。だが、殺した親分の弟が復讐のためバンコクへやってきて、執拗なまでに殺し屋を追いつめる、というのがざっくりとした内容だが、東京とバンコクで色調が異なる。東京ではダークな青を基調とした色で統一し、バンコクでは太陽の光に照らされ、原色と風に舞う黄色い砂で支配されていた。映画はB級アクションとして申し分のない出来だが、この色調の違いを見たとき、そのまま2020年代の現実を現しているように思えた。
武田孝巳の『バンコク』を見たときにも、同様の感触を覚えた。東京から色彩は消えていき、無機質な建物ばかりが目につく。色彩がある場所はそれだけで生の逞しさがあるように感じられる。いずれ日本は深い青の底に沈む。その先にあるアジアの未来を『バンコク』から嗅ぎ取れるかもしれない。
- 武田孝巳『バンコク』
- 発行日:2023年5月25日
- 発行:蒼穹舎
仕様:350部 A4変型 上製本 カラー62ページ 作品58点
編集:大田通貴
装幀:塚本明彦/赤川延美(タイプセッティング)
価格:3,600円(税別)
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