写真というものは不思議なものだ。カメラという機械は、シャッターを押せば誰でも撮ることができる簡易な装置である。動作や理屈で考えれば、そう説明できる。しかし、写された写真をプリントしたとき、人によって見え方やイメージが与える印象がまったく異なることは珍しくない。同じ場所や同じ風景を撮っても、同じ写真にならない。写真の謎ともいえるこの現象が理屈では通用しないところが面白さだ。『獏は夢で泳ぐ』はそんな魅力に満ちた1冊である。
本書の写真は不思議だ。日常にある場所、人などごくありふれたものを撮っているのに、まるで別世界を歩いているような錯覚を覚える。筆者の勝手な想像だが、作者は通常の常識とは違う地点から世界を見ているのかもしれない。あるいは本書の作者には、世間というものは存在しないのかもしれない。
イメージの知的水準というものがあるとすれば、かなり高いのではないか。写真一枚一枚から知性が伝わってくる。それはたんに教養があるというレベルではなく、つまらない知識や学識など飛び越えて理解してしまう領域に位置しているかのようだ。個人的にはガストン・バシュラールの『夢想の詩学』が本書に近い言説をもっているように思うのだが、たぶん作者は『夢想の詩学』を読まずとも、この本のタイトルを見た瞬間に理解し、読まなくてもわかってしまうレベルの感覚値が備わっているような気がする。
筆者は学がなく恐ろしいまでに凡庸な人間なので、この作品集を理解するのに時間がかかりそうだが、『獏は夢で泳ぐ』を見たとき、瞬時にその良さを理解することができる人は、写真的教養と感性の偏差値がかなり高い人であろう。版元を見ると蒼穹舎とある。これは偏差値が高くて当然だ。
- 原隆志『獏は夢で泳ぐ』
- 発行:蒼穹舎
- 発行日:2023年6月15日
仕様:350部 A4変型 上製本 モノクロ72ページ 作品67点
編集:大田通貴
装幀:加藤勝也- 価格:4,000円+税
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