『細倉を記録する寺崎英子の遺したフィルム』(小岩勉刊)は、珠玉の1冊である。
タイトル通りの内容だが、前提の説明が必要となる。細倉とは宮城県栗原市にあった細倉炭鉱のことである。岩手県寄りに位置する。1987年に細倉は閉山となるが、この街を撮影していたのが寺崎英子という人だった。
寺崎英子は1941年に旧満洲に生まれる。戦後家族とともに細倉で生活する。両親はこの地で八百屋を営んでいた。小学1年生の頃脊椎カリエスを患い、その後学校に通うが出来ず、家業の経理を手伝っていた。
本書に掲載された写真は鉱山の閉山が決まった1986年から1999年に撮影されたもので、モノクロネガ231本、カラーネガ139本、カラーポジ1本があり、これらのデジタル化から始まった。寺崎はこれらのフィルムをプリントしていなかった。本書の編集を担当した小岩勉の尽力によりせんだいメディアテークの協力を得て作業を開始し、本にまとめるべく動いている最中、寺崎は亡くなった。2016年のことである。
2023年、本書は刊行された。寺崎は写真集はおろかプリントすら見ることなくこの世を去ったが、1冊にまとまった写真を見る限り、真摯に対象と向き合っていることが伺える。編集は時系列でまとめられていて、時間の経過が主題となっていることに気付く。炭鉱が閉じ、山で働いていた人たちは次々と引っ越し、建物も取り壊されていく。しばらくすると草の生い茂った空き地も出てくる。ここに無常がある。
後半カラー写真で構成されているが、炭鉱の山も均されて、かつての面影が徐々に消えていく。それでもこの街で生きる人たちはいて、子供や若者へまっすぐに視線を向ける。
定点観測的に撮影している写真もある。ただスナップするのではなく変化を記録するという明確な意図が伝わってくる。作者は多分、この土地からほとんど外に出ることなく生活していたであろう。だが、写真を見る限りイメージに豊かさを感じる。作者の複雑な気持ちが写真へ託していたのではないかと、本を閉じてからそう思った。手元に置いておきたいと思わせる傑作である。
- 『細倉を記録する寺崎英子の遺したフィルム』
- 発行:小岩勉
発行日:2023年3月31日
判型:A5判・単行本・448ページ- https://www.amazon.co.jp/細倉を記録する寺崎英子の遺したフィルム-寺崎英子/dp/490486378X
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