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第47回木村伊兵衛写真賞 新田 樹氏が受賞

2023/04/07

第47回「木村伊兵衛写真賞」(主催・朝日新聞社、朝日新聞出版)が新田樹氏とその作品に決定した。新田氏には賞状と賞牌、副賞100万円が贈られる。
 
対象作は写真集『Sakhalin(サハリン)』(ミーシャズプレス)と、写真展「続サハリン」(ニコンサロン)。受賞作品展は2023年4月28日から5月11日まで、ソニーイメージングギャラリー銀座(東京)で開催される。

 

新田氏は1967年福島県生まれ。東京工芸大学工学部卒業後、写真事務所を経て独立。日本の統治後、ソ連領になった後も帰郷することができないまま現在まで暮らす、韓国・朝鮮系、日本人の姿を丹念な取材で追いかけている。


 
木村伊兵衛写真賞は、故木村伊兵衛氏の業績を記念し、1975年に創設。各年にすぐれた作品を発表した新人写真家を対象に表彰している。受賞者は、写真関係者からアンケートによって推薦された候補者の中から、選考会によって決定される。
 
第47回の同賞は、既に発表されたノミネート5人(王露氏、清水裕貴氏、新田樹氏、吉田亮人氏、吉田多麻希氏)の作品から選考委員4人(写真家・大西みつぐ氏、澤田知子氏、長島有里枝氏と小説家・平野啓一郎氏)による討議を重ねて確定した。以下に、選考委員のことばを全文掲載する。


 ■10年越しのまなざし
昨今、動画などをインスタレーションとして組み込んだ「展示」に重心を置いた作品もこの木村伊兵衛写真賞にいくつか推挙されてきている。それらに添付された展示資料などを頭の中で組み立て、作品として認識していくのは簡単ではない。肝心の写真イメージがそこに立った時のように続かないこともある。
 
「写真賞」であるがゆえに、選考させていただく側の一人としては、写真表現の新たな領域や場(空間)の成り立ちの美を問うだけにとどまらず、「写真」が世界に対して何を表現し、人間にいかに関わっていこうとしているのかを素朴に確かめてみたい。
 
古臭い言い方になるが、受賞作の新田樹さんの「Sakhalin」には確かな厚みがある。昨年展示を拝見した時にまずそう思った。正確に言えば写真の中に厚みが感じられるものだ。それはもちろん、そこに写されている人々の生き様、時間、時代、事実などの厚みということであり、戸惑い、悩みながらもそれらをじっくり引き出していった作者の誠実で粘り強い取材姿勢と、技巧に頼らない確かな写真の技術力によるものだ。
 サハリンと日本をつなぐ長き歴史の断片は、ロシアとウクライナの戦争ゆえにかき消されていくものではなく、残留日本人朝鮮人の方々のご苦労を改めて伝える物語としてここに丹念に編まれている。10年越しのまなざしは、そこに生きた人間の「消息」と私たちのそれを「国境」を越えてしっかりつなげていくものになっている。写真集を貫く母たちの思いと言葉が心に響く。
 
ノミネートの4人のみなさんの中では、清水裕貴さんの「微睡み硝子」にひかれた。画像を変容させながら、個人的な海辺の記憶や物語を普遍的なイメージに置き換えていく静謐なイメージ。稲毛(千葉市)の旧別荘での「展示」を拝見していないことが悔やまれる。また吉田亮人さんの「 The Dialogue of Two」は痛切な感情を伴うある時間の流れを表現したもので、最後まで残像として焼きついたが、その前編の素朴な展示に対して、後編にあたる今回の美し過ぎる「写真集」に戸惑った。他のお二人も含め、みなさんきっとまたここに名を連ねてくれるだろう。(写真家・大西みつぐ氏)
 
■離れた場所にいても 自身の家族のような存在
「Sakhalin」は、いま世界が忘れてしまった大切なことを浮き彫りにし、作品を見た人の心から温かい大切な何かをそっと引き出してくれる、そんな特別な作品でした。
 
 新田さんの作品は目新しい手法で作られたものではなく、今回推薦されていた作品には同じようなタイプの作品も昨年より多かったように思います。奇をてらった表現は目を引きますが、それと作品としての解釈はもちろん別の話。「Sakhalin」はとても静かなのに最も存在感がありました。何の下心も欲もなく、ただただ作品と向き合ったという神聖ささえ感じるほどに。
 
私は文字で補足しなければ解釈できない作品よりも、作家の意図とは違ったとしても写真だけで様々な解釈を想像させてくれる作品に興味をひかれますが、「Sakhalin」は写真を見ながら同時に文章を読むことを忘れるほどに写真に、写真集に吸い込まれました。そして文章が添えられていると言う理由からではなく、引き込まれた写真にどのような文章が載せられているのか知りたくて再び初めのページに戻りました。
 新田さんにとって「Sakhalin」に登場する人達が物理的に離れた場所にいても自身の家族のような存在になっていたのだということは容易に想像がつきますが、その境地に行き着くまでの時間の長さと、「Sakhalin」に常に真摯に向き合い続けた覚悟を持った精神力は想像することも憚(はばか)られます。きれいも汚いも希望も諦めも様々な人間の感情を、触れたら壊れてしまいそうな繊細なところを新田さんは純粋に素直に受け止めて歴史を編んでいくのです。心が心に話しかけてくるのです。
 
「世界で最も素晴らしく、最も美しいものは、目で見たり手で触れたりすることはできません。それは心で感じなければならないのです」(ヘレン・ケラー)(写真家・澤田知子氏)


■生きている以上は 決して省略することができないなにか 
『Sakhalin』はとても美しい。

 一瞬で人の目を釘付けにするとか、テーブルに並ぶ100冊近い写真集のなかでひときわ輝きを放つとかというわけでは(少なくともわたしには)ない。けれども、審査の過程で他の本からこの本に戻ってくるたび、わたしが見たかったのはこういう写真だったのだと思った。ページを繰る回数を重ねるごとに、その実感は確信に変わりもした。
 
 本作には、日本の戦争に翻弄された女性たちが登場する。敗戦後、国籍を理由に日本への帰国が許されなかった人たちだ。若い頃、旅の途中でサハリンを訪れた新田さんは、そこで出会った人を通じてそのことを知る。そしてのちに、このシリーズに取り組む。
 
長い時間をかけて丁寧に撮影された写真からは、被写体との関係性を最も重視する写真家のスタンスがうかがえる。ボタンを一つでもかけ違えば、作者の政治的主張が優先された作品になる可能性もあったと思うのに、新田さんはそういう方法を選ばなかった。そこに彼の仕事の美しさ、彼という人の美しさが感じられた。
 自分の部屋で、自分の椅子に座ったまま、SNSで遠くの他者と安易に「論争」ができてしまう時代になり、その傾向は新型コロナウイルスの流行以降、加速しているようにみえる。新田さんの写真は、ともすれば見過ごされてしまうほど些細ではあるが、どんなに便利になっても、生きている以上は決して省略することができないなにかを、静かにわたしたちに見せてくれる。
 
 当事者としてある問題に取り組むことの重要性の先に、ならば第三者としてどのように世界と関わることが可能なのか、という問いがある。他のノミネート作品をおさえて本作が受賞した理由は、ときに挫(くじ)けそうになりながらも新田さんが「Sakhalin」で、その問いと向き合っていたからかもしれないなと思う。目の前にいる人と「いま」を共有し、それを積み重ねていくことでしか生まれないものがある。この気づきを得られる本作は、未来の課題と最もコミットしているように思う。(写真家・長島有里枝氏)
 
■重層的な記録の静かな訴え
 私的領域、社会的領域、そして、自然環境を、各候補作は、幅広く独自のアプローチでカヴァーしており、今日に於ける写真の意味を考えさせられる選考だった。
 
 中国の急激な発展とは、最早、クリシェのような言葉だが、王露は、その急激な変化から取り残された時間の中でゆっくり生きる――生きざるを得ない――父の姿を、家族としての近さと、記録者としての距離との間で捉え、感銘を与えた。
 
 吉田亮人の作品も、他者が入り込めない私的領域の記録であるが、王露より内向的である。しかし私は、一人の人間が、被写体として即時的にプロジェクト化してゆき、死を以て完結する、というこの本の作りに、何とも言えない違和感を覚えた。そんなことを言い出せば、写真は撮れないじゃないかというのは重々承知だが、せっかく門外漢の選考委員として参加しているので、選考の場でも敢えてそれを表明した。
 
今回は、文章が重要な意味を成す作品が多かったが、殊に清水裕貴の作品は、一種、「絵本」的なスタイルで、濁りを帯び、多方向からの干渉を被った記憶のようなイメージが印象的だった。しかし、文章を俟(ま)って完成するように構想されたその世界は、写真賞の選考会という場では、若干、写真自体の強度不足と取られる不利な点もあった。
 吉田多麻希は、人新世の環境破壊の被害を被る動物たちの存在を、鮮烈な、ディストピア的に孤独な世界を通じて可視化している。現像に際して混入した我々の日常が排出する環境汚染物質の効果という技法が斬新だった。
 
 受賞は新田樹で、選考委員の全員が感嘆したこの技巧的な写真集は、日本統治時代に樺太に住んでいながら、戦後、ソ連領となった後、多くの日本人とは違い、帰国が叶わなかった韓国・朝鮮人とその家族の記録である。政治的批評性に於いても卓越しているが、人物の皺の一本一本に刻まれた複雑な時の流れを、その社会と自然への大きなスケールの視点を背景に活写している。重厚でシャープな傑作として高く評価したい。(小説家・平野啓一郎氏)
 
ソニーイメージングギャラリーにて、第47回木村伊兵衛写真賞 受賞作品展も開催する。
 
【展示概要】
第47回木村伊兵衛写真賞 受賞作品展
新田 樹 作品展
会期:2023年4月28日(金)~5月11日(木)
会場:ソニーイメージングギャラリー
主催:朝日新聞社、朝日新聞出版
 
【関連リンク】
https://dot.asahi.com/dot/2023032200013.html?page=1

展覧会概要

出展者 新田 樹
会期 2023年4月28日(金)~5月11日(木)
会場名 ソニーイメージングギャラリー銀座

※会期は変更や開催中止になる場合があります。各ギャラリーのWEBサイト等で最新の状況をご確認のうえ、お出かけください。

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